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2026年06月04日17:35

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「箱の中の羊」是枝裕和〜疑似家族の共同体の曖昧なファンタジー〜

<ネタバレ注意>

是枝裕和監督は、これまでずっと疑似家族の共同体的な居場所についての映画を作ってきた。棄てられたものたちの、大切な人を失いながらも生きていく家族の、血は繋がらない中で社会から見捨てられたものたちの共同体だ。『誰も知らない』は、母親に棄てられた異父兄弟たちの共同体が団地の部屋だったし、『歩いても歩いても』は、海で少年を助けたために死んでしまった息子のことを忘れられない母、息子夫婦の夏休みの大家族の物語が描かれた。『そして父になる』は、血の繋がらない息子と家族になる二組の家の物語で、『万引き家族』は、社会から取り残された貧しき人々がボロ家に集まる物語だ。『ベビー・ブローカー』は赤ちゃんを棄てた女と拾った男たちの疑似家族の旅物語で、『怪物』は社会や家族からこぼれ落ちてしまった少年たちの森の中の廃バスという避難所、夢の居場所づくりの話だった。

本作は、失われた息子の悲しみを埋めるために息子の記憶で作られたヒューマノイドと疑似家族を形成する物語であると同時に、ヒューマノイドたちが自分たちで疑似家族を作り上げようとする物語でもあった。疑似家族から始まり、もう一つの疑似家族の共同体の夢が描かれた。しかし、本作の評判はあまり良くない。それはこの二つ目のヒューマノイドたちの疑似家族の共同体の物語が中途半端で曖昧なファンタジーにしかなっていないからだ。人工的なるヒューマノイドと「木」に象徴される自然的なものとの融合の夢。「ガラスと木という全然違う二つの素材をうまくつなげたい」と建築家の綾瀬はるかは言う。その言葉を真似してヒューマノイドの翔は、「木と僕たちっていう全然違う二つの素材をうまくつなげたいんだ」と仲間たちに語る。異物なものがつながりあうという夢。

「箱の中の羊」というタイトルは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』の物語か引用されている。「大切なものは目に見えない」というメッセージとともに、少年が描いた「箱の中の羊」は、羊の姿は見えないけれど、それぞれが頭の中で思い描いた理想的な羊は箱の中に想像することが出来る。綾瀬はるかの心の中の原風景とでも言える森の中のツリーハウスを、ヒューマノイドの翔は読み取り、自分たちの夢の居場所の設計図を描いた。「母親であることをやめる」と宣言した綾瀬はるかであったが、契約を終了すると告げられた翔は綾瀬はるかから受け取った自分なりの設計図を描いたことで、初めて疑似家族は母と息子になった。子供を棄てるのではなく、子供に棄てられたことで、家族の絆が生まれた。綾瀬はるかは、箱の中に入っているのは翔だと思っていたが、実は箱の中に入っていたのは自分だったと気づく場面がある。親から子へという一方的な関係ではなく、親子の関係とは相互的なものなのだ。そして父親の大悟の方は、機械として受け入れられなかったヒューマノイドの翔に、息子を死に追いやった自らの罪を代償行為として謝罪することで救われる。余貴美子も、これまでの是枝映画の樹木希林に変わって、娘との確執ある母親を演じていて良かったと思う。

この映画はタイトルにあるように、箱、四角、スクエア、BOXの映像が度々出てきて強調されている。宅配便のBOXから始まり、箱庭、キューブ的な家、そして綾瀬はるかが模型として組み立てる家の箱。大悟が職場から木材を伐って持ち帰る木片、積み木。翔がGPSを隠す箱。四角いボックス越しにカメラが人物を映し出す映像もあった。「どこかハウスメーカーのCMのようだ」という感想を書かれている方がいたが、まさにキューブの組み合わせである近未来風建築は、無機質な箱であり、登場人物たちはみんな「箱の中の羊」なのだ。血が通わず作りものめいている。そこには、かつて是枝が共同体の居場所として描いてきた懐かしき温かい場所ではない。『万引き家族』のみんなで縁側で花火を見たボロ家ではないし、『海街diary』の4姉妹が住む鎌倉の一軒家でも、『怪物』の少年たちの廃バスでもない。どちらかというと、ヒューマノイドたちの隠れ家の廃校がそのイメージだ。その無機質な箱としての家になんとか「時間」や「自然」を感じようと、息子が生まれたときにレモンの木を植え、ヒューマノイドの翔のためにオリーブの木を植える。翔はオリーブの木を外の世界とつながるように、箱庭ではなく家を正面に植え、綾瀬はるかは、角田晃広と野呂佳代夫婦の家を雑木林とつながるような木を植えて、まわりとの関係を意識するような設計に変えた。ヒューマノイドの翔がBOXの家の2階から落下して破損したように、家である箱は閉じてしまうと、お互いが傷つけるばかりになってしまう。

そして本作は是枝監督が何度も描いてきたような「食事シーン」と「入浴シーン」、あるいは水に濡れるような「台風」や「雨」のようなシーンがない。「食」と「水」をあえて描かない挑戦をしているのだ。ヒューマノイドが、「食べられない」し、「水に弱い」からだ。『歩いても歩いても』のトウモロコシの天ぷらや、『海街diary』のシラス丼や梅酒など、「一緒に食べること」が擬似家族の絆を深める大事な行為であったし、『万引き家族』や『そして父になる』の入浴シーンも大事な要素だった。『海よりまだ深く』の「台風」は家族の大事な思い出の一夜になったし、『ベビー・ブローカー』でも雨だれや海や噴水など「水のイメージ」が大きな役割を担っていた。本作でも大悟が風呂に入っているシーンは何回か出てくるが、翔は一緒に入れない。その隔たりを埋めるものとして、「木」が強調される。「木は死んだあとも時間に寄り添う」と職人の田中泯が言っていたように、ヒューマノイドは木に耳を傾け、死後の世界に思いを馳せる。「オリーブの木に水をあげてね」と綾瀬はるかに託す翔は、森の中で自分自身の新たな希望を見つける。

しかし、あの森の小さな川の水力で発電させるというチャチな仕掛けが嘘くさいように、ヒューマノイドたちのツリーハウスの夢は、曖昧なファンタジーでしかない。物語はリアリティを失って寓話になっていった。あの夫婦が彼らを森に送り届け、見守り去っていくラストにどんな希望があるというのだろうか。行方不明になった人間の子供(嶋田鉄太・・・テレビドラマの名子役)もいたはずなのに物語的には無視したし、そもそもヒューマノイドが物体化する現実の哀しさが描かれていない。私は平田オリザのアンドロイド演劇を映画化した深田晃司の『さようなら』を思い出していた。世界が終末を迎え、死の世界に旅立っていく人間たちの中で、一人の女性の死を見届けるアンドロイド。そして「死ねない存在」である残されたアンドロイドは、骨になるまで女性の死を見続ける。そこには世界が滅びても、「死ねない物体」であることのアンドロイドの哀しさが描かれていた。本作では、ヒューマノイドが公園で電池が落ちる場面と、落下して体内の機械を調整される手術シーンがあるだけで、アンドロイド側の世界はあまり描かれていない。GPSを取り出したあのリーダーのような少年も謎のままだ。人間の勝手な想像の産物で生まれたヒューマノイドたちの自立?過去の産物でしかなかったヒューマノイドが自由な未来の夢を描く?・・・。人工的なものと自然(木)がつながるくユートピア?しかし、ヒューマノイドの物体としての存在の哀しみも描かれていない。だからこそ、ラストの疑似家族共同体の夢が観客に響いてこないのだ。

子供たちをずっと描いてきた是枝監督だが、ヒューマノイドは突然に駆け出すこともしないため、「走る」という映像的な運動が生まれないのも本作の残念なところだ。落下や停止といった運動の停止はあるが、階段から転げ落ちるとか、木から落ちるとか、ヒューノイドなのに無理が動きをするなどの描写があっても良かったのではないか。観念的にパズルのように組み立てられた映画のようにしか見えなかった。

<追記>
是枝裕和監督のインタビュー記事で、柊木陽太が演じたヒューマノイドのリーダー・今野詩季(たくと)とラストシーンについて・・・。
「ラストシーンでは、誰が生きていて誰が死んでいるかも関係なくなり、機械と自然が一体化していくことで、いろんなものの境界線が曖昧になっていく世界をイメージしていました。その象徴が詩季です」と語ったと言う。
ラストの森の中のヒュ−マノイドたちの共同体そのものが「箱の中の羊」であり、観客は彼らの未来を想像するしかないのだが、詩季の描かれ方も含めてあまりにも情報が少なく、我々は「機械と自然が一体化」する世界をイメージしづらい。カズオ・イシグロの小説世界のAIロボットや川上弘美の『大きな鳥にさらわれないよう』の人間が滅んだ後に生き残ったクローンたちの人工知能を持った生きものたちを思い出した。それにしても、そんなヒューマノイドたちの未来をイメージさせるには、あまりにも映画の中での描かれ方が不足しているように思えた。


2026年製作/125分/G/日本
配給:東宝、ギャガ

監督・原案・脚本・編集:是枝裕和
製作:若松央樹、依田巽、市川南、田中優策
プロデューサー:松崎薫、伴瀬萌
共同プロデューサー:小竹里美
撮影:近藤龍人
照明:尾下栄治
録音:冨田和彦
美術:岡田拓也
装飾:浜崎はるみ
衣装デザイン:伊藤佐智子
ヒューマノイドデザイン統括:田島光二
特殊メイク・造型:梅沢壮一
音楽:坂東祐大
VFXスーパーバイザー:白石哲也
キャスト:綾瀬はるか、大悟、�斌變ぬ粥∪玉邵斂勝�寛一郎、柊木陽太、角田晃広、野呂佳代、星野真里、中島歩、余貴美子、田中泯
☆☆☆3
写真引用コピーライト2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
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