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2026年05月26日21:56

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「カルメンという名の女」ジャン=リュック・ゴダール〜名付けられる前にあるものとは?〜

久々のゴダール映画である。U-NEXTでまだ未見のゴダール作品があったので視聴。Wikiによると、「オペラ『カルメン』の著作権保護期間が1983年に切れパブリック・ドメインになったことで各国でさまざまな『カルメン』に想を得た作品が作られた。そうした状況のなかでもゴダールがジョルジュ・ビゼーの楽曲ではなく、ベートーヴェンの『弦楽四重奏曲』をふんだんに使用するなど他の『カルメン』を題材に扱った作品と較べてみても極めて異色な作品となった。」とある。ゴダールが商業映画に復帰してからの作品は、『勝手に逃げろ/人生』(1979)、『パッション』(1982)、そして本作『カルメンという名の女』である。物語が解体されているのはいつもの通りだが、まだ物語らしき輪郭があるだけ見やすいかもしれない。『ゴダールの探偵』(1985)、『右側に気をつけろ』(1987)、『新ドイツ零年』(1991)、『ゴダール・ソシアリスム』(2010)、『さらば、愛の言葉よ』(2014)、『イメージの本』(2018)など、観る度に混乱し、錯綜する頭を抱え、どう書いていいか分からないままのレビューらしきものを記録として書いてきたが、正直言ってそれぞれのとりあえずのメモであり、また見れば違う感想を持つだろう。本作もまたメモレベルのレビューになるが、お許しいただきたい。わけ分からなくても、何度も見たくなるのがゴダール映画である。

さて本作は「カルメン」という名前の女がタイトル通り登場する。若く美しいマルーシュカ・デートメルス演じるカルメンXは、映画を撮るために、精神病院に入院している伯父(ジャン=リュック・ゴダール)に会いに行き、「トルヴィルのアパートの部屋を貸して欲しい」と頼むのだ。ジャン伯父さんをジャン=リュック・ゴダール本人が演じている。ゴダール自らが出演している映画はいくつかあるが、『右側に気をつけろ』を思い出す。ドタバタコメディのような映画だったが、「映画を作る」物語であったことは共通する。この映画のジャン伯父さんは、有名な映画監督だったが病気で映画を撮れなくなって入院している。そして最後に映画を作るカルメンたちのグループに参加して、ナイフで食器の音を立てて出演者たちの座り位置を決める奇妙なシーンがある。「美しさはね、我々が耐えるべき恐怖の始まりだ」とか言ったかと思うと、「こんな条件では仕事しない。お別れを言わねば」と言って現場を茶化して去って行く。グループの男は「もうカメラはいいから、銃だよ」とスタッフに指示を出し、ホテルの映画撮影は中断され、銃撃シーンへと移っていく。映画は撮れないのだ。

そもそも最初の方で、カルメンたちグループによる銀行強盗の銃撃シーンがある。銃が乱射されて、人々が倒れているのだが、その横で平然と椅子に座って新聞を読む男がいたり、床に座って何やらやっている男、汚れた床の血を拭き取る掃除婦まで登場するのだ。銃の乱射による銀行強盗というフィクションが破綻しているのだ。「映画作り」のような銀行強盗の虚構が演じられつつも、その虚構が壊されている描写。銀行を警備していた男ジョゼフ(ジャック・ボナフェ)は銀行強盗たちに銃で応戦するのだが、階段を降りてきたカルメンと争いになり、二人は銃を奪い合ううちに身体を重ね、キスを始めるのだ。銃撃戦から恋愛劇へ。二人は現場から逃走し、男が女を縛り、反発し合いながら、ジャン伯父さんのアパートに行く。そして二人は愛し合うのだ。つまり、とりあえずの物語としては、銀行強盗の最中に出会った男と女が愛し合うようになるが、女は再びグループと合流し、男とは「終わり」になる。カルメンたちのグループは、なにやら準備のようなことをやりながら、ジャン伯父さんと一緒に映画の撮影を始めるのだ。ジョゼフは、カルメンに自分の役の説明を求めるも、カルメンは「また今晩、明日、明後日・・・」と説明を先送りしつつ、男に別れを告げる。「カルメン」と名前にあるように、カルメンという女性が男を翻弄する物語なのだ。セックスもまた、「女が男にするのよ」と女性主導で行なわれる。男はカルメンの愛を追い求めつつ、説明を先送りされ、待たされ、冷たくされ、シャワー室で強引にセックスしようとさえする。そして女に「あなたには、ウンザリ」と嫌われてしまう。最後は、銃撃戦の中でジョゼフはカルメンを銃で撃つ。「すべてが台無しで全滅しても、日が昇って、息が出来るの」とカルメンは言い、倒れたカルメンを心配したホテルのボーイは、「それは夜明けですよ。お嬢さん」と言って、画面に海辺が映り、映画は終わる。女に男の愛が翻弄される物語と言えばそうなのだが、その物語自体は、何度も中断され、解体され、「映画作り」についての物語とも考えられる。

フィクションが壊されつつ、とりあえずの物語が進んでいくと、ベートーヴェンの弦楽四重奏の練習の演奏が何度も挿入される。物語を中断させ、同時に弦楽四重奏の練習が繰り返され、そして最後のホテルでの映画撮影シーンで演奏メンバーが合流する。ゴダールは音楽を重要な要素としていつも使う。『右側に気をつけろ』でも、ロックバンドの録音風景が物語と同時に進行する手法が使われていた。繰り返す音楽と練習による変化。それは映画撮影と同じようなものでもある。反復しながら創造していくプロセス。

もう一つ何度も挿入されるのが海の映像であり、波の音、カモメの鳴き声である。冒頭の街の夜景が素晴らしい。横に走る電車の光と縦構図で道路を走る車のライトの列。横の動きと縦の動き。「私とあなたの中に、恐ろしい波を生む」、「無垢な者に扱える世界じゃないのはわかっている。できる限り続けるしかない。怖くはないけれど、今までどうしても自分に愛着がもてなくて」というモノローグが「カルメンと名乗るはずのない女より」として語られる。海辺の映像とカモメの鳴き声とともにそんなモノローグで始まる。「カルメンと名乗るはずのない女」のモノローグから、「カルメンと名乗る女」がジャン伯父さんの前に登場し、物語が駆動する。この最初の横移動と縦構図の夜景の映像は、その後、横に走る列車の光と川の映像に代わり反復される。海の波や水辺の映像を、ゴダールは多くの映画で何度も挿入してきた。海や水は「命」であり、「愛」と結びついている。寄せては返す波の音。海辺の部屋で二人は結ばれる。愛は波のように共振する。「地球も、私も、私のアソコも、すべてが震える」とカルメンは言う。しかしホテルの部屋では、「私が愛してると言ったら、あなたは終わりよ」と男に言い、愛の成就がすべてではないと告げる。「汚いのはこの世界よ」と言い放ち、「カルメン」「ジョゼフ」、名前の前には姓があるが、その前にあるものは何か?名付けられる前にあるものを女は問う。「カルメン」と名付けられる前のものとは何か?名付けることによって、「意味」や「物語」になる。しかし、名付ける以前のものとは?自由な数々の映像と無数の音の連なり。無垢なる海の波のような愛だけでは、汚い世界は扱えない。その世界に抗うには、名付けられる以前の簡単な「意味」や「物語」に回収されない映画を作り続けるしかないということか・・・。

1983年製作/85分/R15+/フランス
原題または英題:Prenom Carmen
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム

監督:ジャン=リュック・ゴダール
製作:アラン・サルド
脚本:アンヌ=マリー・ミエビル
撮影:ラウール・クタール
編集:シュザンヌ・ラング=ビラール
音楽:ベートーベン
歌:トム・ウェイツ
キャスト:マルーシュカ・デートメルス、ジャック・ボナフェ、ミリアム・ルーセル、クリストフ・オダン、ジャン=リュック・ゴダール、バレリー・ドレビル、ジャック・ビルレ、クリスチーヌ・ピニェ
☆☆☆☆4
写真引用(C)1983 STUDIOCANAL - France 2 Cinema
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