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2026年05月05日16:38

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「嘘をつく男」アラン・ロブ=グリエ〜英雄は死んだのか?謎の男〜

20世紀の「ヌーヴォー・ロマン」を代表する作家アラン・ロブ=グリエの映画監督第3作。デビュー作の『不滅の女』(1963)は、ふと出会った謎の女に翻弄される男の話で面白かったし、第2作『ヨーロッパ横断特急』(1966)は、フィクションの迷宮に誘われるような奇妙な映画だった。アラン・レネの有名な『去年マリエンバートで』(1960)の脚本を書いたことでも知られているアラン=ロブ・グリエ。彼の小説とはロラン・バルトによると、人間を主体とした近代リアリズム小説に対して、人間を客体化(物体化)して、描写から人間的な意味を奪ったのだという。「目に見えない人間の内面を特別扱いすることなく、対物(オブジェクティフ)レンズを通すように、目に見える物だけを描きだす」。ロブ・グリエの最初の小説『消しゴム』は、徹底して事物の視覚的描写に終始した。「人間主義」から「事物主義」へ。ロブ・グリエが事物の視覚的描写の小説手法から、視覚を重視する映画へと向かったのも当然かもしれない。ロブ・グリエの映画には確定した一つの意味など存在しない。全てがあやふやで、曖昧なままハッキリしない。『不滅の女』で出会った女は、生きていたのか死んでいたのか、全ては男の妄想なのか判然としないし、『ヨーロッパ横断特急』は、物語を創り上げる虚構性のなかで、虚構内現実が宙吊りにされる。虚構そのものが、不確かで不安定なものになっていくのだ。そして本作の『嘘をつく男』もまた、男の存在そのものが生きているのか、死んでいるのか、男の妄想なのか、曖昧な不確定なものになる。判然としない奇妙な映画だ。ただ、こんな意味不明の奇妙な映画が、私はわりと好きだったりする。

本作は、当時のチェコスロバキアで撮影され、ボルヘスの『伝奇集』に収められた「英雄と裏切り者のテーマ」から着想を得た作品。反ファシズムのレジスタンスの伝説の闘士といわれていた男が、実は裏切り者だったという話が出てくるが、ベルナルド・ベルドリッチの『暗殺のオペラ』(1970)と似ているなと思ったら、こちらもボルヘス「伝奇集」の「裏切り者と英雄のテーマ」が原作であり、どちらも元ネタは同じだった。

冒頭、スーツにネクタイ姿で森の中を逃げる男ジャン=ルイ・トランティニャンが映し出され、兵隊たちの銃撃に遭う。手榴弾も飛び交う中で撃たれたと思われ倒れた男は、その後起き上がって林を歩き、川の水を飲んで、ナレーションで自己紹介が入る。「僕の名前はジャン・ロバン。僕の話をしよう。少なくともそう努めたい」。兵隊姿でもないスーツの男が、なぜ兵隊たちに銃撃されるのか?そして「死んだフリ」をする。すべてが「嘘」であり、「虚構」なのだ。そしてこの男は、「僕の名はボリス・ヴァリサ」であり、「ウクライナ人」と呼ばれたりすると言い出す。ジャンなのか?ボリスなのか?一体誰なんだ?そしてこの「ジャン・ロバン」という男は、レジスタンスの闘士で、村の伝説的英雄であり、村人たちは彼の帰還を待っている。ところがこのジャン=ルイ・トランティニャン演じるボリスは、「ジャン・ロバン」とは同じレジスタンス活動をしていたが、実は「ジャン・ロバンは裏切り者」だったと言い出すのだ。「村の英雄がペテン師?」。彼は国境近くに逃げて潜伏していると語る。一方で、「ボリスである僕こそが裏切り者」で、ジャンから捜されているとも言う。「嘘をつく男」の話なのだから、真実がまったく分からない。男の正体とは。人間的な人格など無いかのようである。そしてジャン・ロバンの屋敷に住む3人の女たちも、まるで人形のようである。空虚な肉体。目隠しをして、ゲームのように興じる女たち。心理などは一切描かれない。事物のようにただそこにいて戯れるだけ。

「ジャンから伝言はないのか?」「すぐ出ていけ!」と言われ屋敷から追い出された男は、ジャンの帰りを待つ妹シルビア、妻のローラ、召使マリアの屋敷の女たちに迫る。それぞれの女たちの視線。目隠しゲームやボリスと女たちとの間で繰り広げられるSM的プレイには、ロブ・グリエの性的嗜好性が出ている。

薬局の隠し扉からジャンを地下道へ逃がす薬局の女。街角に銃を構えて立つ兵士たち。村は兵士たちに占領されている。逃げていたジャンは地下道で落ちて死ぬ。あるいは、屋敷のベランダから落下しての死。何度も繰り返されるジャンの死。ボリスのことを村の誰も知らない。それは知らないフリをしているのか?ジャンに追いつめられるようなボリスの妄想。ボリスは不在のジャンに成り代わるように妻のローラ、妹のシルビア、召使のマリアを次々と口説いていく。「ジャンは死んだ。しかし忘れ去られるような男じゃない。彼は戻る。彼の足音が聞こえる。別の体に転生して。それが僕、ボリスだ」と言って男は妻のロ−ラに迫る。「僕が兄さんを殺した。臆病者を処刑した」と今度は妹のシルビアに迫る。そして戦争で死んでる男としてマリアに迫る。「解放の朝、警備隊に銃撃されて地下壕で僕らは死んだ。慰霊碑に名も刻まれている」。次々とつかれる男の嘘。

そしてジャンに撃たれるボリス。ジャンの姿は妄想か?ボリスの死もまた演技か?「今から僕の真実を話そう。せめて、そう務めたい。戦時中の名はジャン・ロバン。だが本当の名は、ボリス・ヴァリサ。終戦後、我が家へ戻った僕を、妹のシルビアと共に、いとこのローラが待ってた。それが妻のローラ・ヴァリサだ。」二人の男は同一人物だったことになるらしい。ジャンを別の人物が演じていたのは、一体どういうことか。女たちはジャンとは別の人間としてボリスと接していた。最後まで見ても、ジャンとボリスと女たちの関係の物語は混乱するばかりだ。

屋敷の部屋から部屋へ。扉から扉へ。階段から階段へ。誤魔化しながら、何度も背広を着直す男。森の中を逃げ続ける男。人々の無遠慮な視線ばかりが印象に残る。レジスタンスの英雄、ジャン・ロバン。そんな人物の存在自体が、森の中で彷徨い続けるように、あやふやで不明確だ。


1968年製作/95分/フランス・イタリア・チェコスロバキア合作
原題または英題:L'homme qui ment
配給:ザジフィルムズ

監督・脚本:アラン・ロブ=グリエ
編集:ボブ・ウエイド
キャスト:ジャン=ルイ・トランティニャン
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写真引用(C)1968 IMEC
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