ホン・サンス監督の23作目となる長編作品で、キム・ミニとの6本目となるコラボレーション作品。漢江沿いのホテルでのある冬の一日を舞台にした会話劇をモノクロ映像で描く。「月刊ホン・サンス」シリーズにて劇場鑑賞。
ホン・サンス映画にあって異色作とも言える死の気配に満ちた作品。だが決して陰鬱な映画ではない。タイトルにあるように、死を感じさせる川沿いのホテルが舞台であり、死を予感している詩人ヨンファン(キ・ジュボン)が死ぬ前にしばらく会っていない二人の息子たちに会っておこうと、ホテルに呼び寄せる物語だ。しかし、ヨンファンは死に取り憑かれて心を病んでいるようにも見えないし、決して暗くはない。どちらかというと明るいほどだし、ホテルの川のそばで見かけた2人の女性を、「美しい。美しい」と褒め称える。一人の女性が詩人であるヨンファンのファンだとを聞いて、さらに喜び、その出会いに感謝する。「一緒に酒を飲みたいですね」と言い、女性を口説くスケベなオヤジじゃないかとも思う。それが、息子と会ったときに、「最近、死ぬんじゃないかと思う怖い夢を見る」と言い、「それで会いたくなったのだ」と言う。子供の頃に家族を捨てて出ていった父と疎遠だった次男の映画監督ビョンス(ユ・ジュンサン)は、「父は死ぬんじゃないか」と心配するが、次男よりも父との関係があった長男のギョンス(クォン・ヘヒョ)は、「父はそんなに弱い男じゃない」と言う。ギョンスは妻を離婚したことを父に隠している。
そもそも最初から、ちょっと変な感じで始まる。ヨンファンのホテルの部屋から始まり、部屋の窓から一人の女性が見える。ヨンファンと女性の関係は?と観客は訝るが、そこへ息子からの電話が入る。「間もなくそちらに着く。部屋に行くから部屋番号を教えて」と息子に言われ、「いや、一階のロビーで会おう」とヨンファンは言ってきかない。「コーヒーを買ったから、部屋に行くよ」と言う息子に対して、頑なにホテルのロビーで会おうと主張する父。部屋に入れたくない理由でもあるのかと、観客はまず思う。一方、ホテルの別の部屋にいる女性サンヒ(キム・ミニ)は、手を怪我している。その彼女にも電話があり、どうやら先輩が部屋を訪ねてくるらしい。こちらは部屋番号を伝え、コーヒーと甘いものを買ってきてもらうように頼むのだ。ホン・サンスの映画は、並行して描かれる二つの物語はよく使われる手法で、その並行して描かれる物語が微妙に重なったり、重ならなかったりする。『私たちの一日』(2023)は、二つの平行する物語がまったく交わらなかった。いずれにせよ、一つの物語を深く掘り下げるようなことをせずに、いくつかのエピソードを重ねていくのがホン・サンスの手法だ。物語はいつも一つではない。複数の物語があり、複数の人物たちが関わり、微妙に重なりあい、関係を持って変わっていく。本作は、久しぶりに会った三人の親子の物語と、不倫の恋で傷ついた女性サンヒと彼女を慰めに来た先輩ヨンジュ(ソン・ソンミ)の女性二人の物語が、少し交わっていく。
この映画はみんなよく眠る。ホテルのロビーで息子たちを待っている間に眠るヨンファン。ホテルの部屋でサンヒを慰めつつ、ヨンジュとサンヒの女性二人はベッドで眠る。また、夕食を食べて酒に酔ってホテルのロビーで父を待っている間に息子二人も眠っている。登場人物全員がそれぞれに眠るのだ。眠りとは、仮の死とも言えるし、眠りと死は近接している。「川」と「眠り」が、死を呼び込んでいく。そして、なぜだかうまく人と人が会うことが出来ない。1階のコーヒーショップで待っていたヨンファンは息子たちと会えないし、息子たちも同じホテルなのに別のテーブルで待っていて、父が来ないと待っている。息子たちがタバコを吸いにホテルの玄関に出た後も、父の姿はいつの間にか消えている。ビョンスは父を呼びかけ、必死になって探す。その声が女性二人がいる部屋にまで聞こえるほどだ。酒を飲んでホテルに帰ってきた息子たちは、父が帰ってこないと待っていて会えないし、父は女性二人に詩を朗読し、いつの間にかホテルの部屋に戻っている。父が息子たちと距離を意識的に取っていると思われるが、同じホテルなのに、なぜこれほど会えないのか不自然であるし、不思議なのだ。
また、親子3人と女性2人が夕食を取り、酒を飲む店は同じ空間なのに、それぞれは交わらない。先輩ヨンジュがかつて乗っていた事故を起こした車を長男のギョンスが乗っているという偶然の接点もあり、ヨンジュは車から手袋を盗んだというエピソードもありながらも、2組は交わらない。交わるのは、父のヨンファンだけだ。雪の中を歩く二人を見て、「天使たちだ」と絶賛するヨンファン、そして息子たちを帰した後に店で自分が作った詩を朗読する。ヨンファンは、息子たちと会うことよりも、女性二人と会うことが大事なことであるかのように振る舞い、最後に死んでしまう。ひょっとしたら、ヨンファンは女性二人に出会わなかったら、死ななかったのかもしれないと思う。最後に意識を失っていたヨンファンが、なぜ死んだのか?本当に死んだのか?病気なのか?自殺なのか?映画は何も描かない。
ヨンファンは、死を意識して息子たちに会った。「天を感じる心」と「地面を歩く心」という二つのバランスの大事さなど、名前の由来を説明する。天への感謝と自らの務めと学ぶ心。死を前に、息子たちと再会し、伝えるべきとこを伝えた。そして、眠りから覚めて偶然見かけた美しい二人の女性に触発されて、最後に詩を創作した。詩作のキッカケは間違いなく女性二人だった。意識的でない偶然の出来事に人生は左右される。創作も死も、そんな偶然の関係から何かが生まれ、何かが変わっていくのかもしれない。
モノクロ映像で白い雪と黒いコートの二人の女性が妙に幻想的で美しい。ヨンファンが息子たちのことを忘れて夢のような光景に思えたように、詩のインスピレーションを生みだす何かがあったのだろう。この映画は、二人の女性がベッドで抱き合って眠る姿も美しく撮られている。いつもの無造作なホン・サンスのヒキの固定ショットではなく、ベッドで横たわる女性たちを美しく撮っている。しかし、女性たちの方は男なんて幼稚な存在だと、店で男たちの話を聞きながら冷ややかに見ていたりする。一方で、クレーンゲームで取ったぬいぐるみを息子たちに渡す親子三人の姿はどこか滑稽で、親子の関係はぎこちなく、ちぐはぐだ。現実で上手く関係を築けなかった夫婦と親子関係。しかし、初めて会った二人の女性に詩のインスピレーションを得た詩人。そんな詩人は、ホテルの社長に「ときめかなくなった」と言われたとしても、最後に詩を創作して、その創作を与えてくれた女神に詩を披露して死んだのだから、決してヨンファンの死は悲しく見えない。どこか人生をやり遂げた達成感のようなものさえ感じる死である。
それにしても最後の詩人が朗読する詩の「イカ」と呼ばれる組織とその組織で育てられた男は何を意味していたのだろう。「イカ」という組織に束縛され操られる人々。そして美しかった子供が成長して、寂しく一人ガソリンを入れる男?この変な詩はよく理解できなかった。ただ映画からは、現実の人間関係のうまくいかなさと、幻想と創作の中で生きてきたホン・サンスの本音が見えてくるようでもある。勝手に幻想の中で想像し、創り上げる男たちの勝手さとギャップのある女たちの冷静な現実との乖離に滑稽さが感じられる。いずれにせよ、ホン・サンスの映画の中でも異色であり、創造すること、死ぬことに迫った傑作だと思う。
2018年製作/96分/韓国
原題または英題:Hotel by the River
監督・脚本:ホン・サンス
撮影:キム・ヒョング
キャスト:キ・ジュボン、キム・ミニ、ソン・ソンミ、クォン・ヘヒョ、ユ・ジュンサン
☆☆☆☆☆5
写真引用

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