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2026年03月24日21:34

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「白昼の通り魔」大島渚〜インテリの理想の敗北と歪んだ欲望〜

昭和32年頃関西各地で起きた凶悪事件をもとにした武田泰淳の短編の映画化。大島渚1966年の作品。翌年1967年『日本春歌考』を監督している。

佐藤慶が白昼の通り魔役。短髪とギョロリとした目で狂気に満ちた危険な男を演じている。その妻に進歩的な女性であり、佐藤慶に偽善者でもあると言われる中学の先生・小山明子。そして信州の農村の村娘のシノ役に川口小枝。そのシノと無理心中したのが村会議員に当選したばかりの村長の息子・戸浦六宏。この4人の関係の愛とセックスと死、心中などで愛憎がもつれ合い、連続通り魔殺人事件が起きていく。顔のクローズアップや目のアップ、横顔のアップなどを多用しながら、左右のパンや人が横切るシャッターや短いカットの斬新な編集で異様な心理を描写していく。鏡も巧みに利用している。画面は露光オーバーの白昼をイメージさせる映像を使っている。

村の若者たちの進歩的コミューン農場の啓蒙者であるマツ子(小山明子)だったが、ある日、洪水によって田んぼも家畜も流されてしまう。豚と鳥の死骸の山。「精神をしっかりさせて、団結せねばな」と理想論を語る源治(戸浦六宏)に対して、「精神より銭だ」と現実を語るシノ(川口小枝)。そして死んだ豚を売って源治と対立する英助(佐藤慶)。マツ子は「恋愛は無償の行為です」と青年たちに高邁な精神を説く。洪水後に貧しさから一家心中の危機をシノは源治から借金することで凌ぎ、ニジマスの養殖を始める。そして源治に抱かれ、源治はシノへの思いを募らせる。逞しく現実的に生きようとするシノに対して、観念的に愛を求め、村会議員に当選して敷かれたレールの上に乗り、未来に希望を持てない源治。源治はマツ子に求婚して断わられ、シノに無理心中を迫るが、シノだけ生き延びる。心中を見ていた英助が気を失ったシノを犯す。生きている人間ではなく、モノのようになった女を犯す英助。

そして村を出て神戸で女中をしていたシノを見つけ出した英助は、包丁を突きつけてシノを失神させて再び犯す。そして抵抗した奥さんも殺害する。英助はすでにその年に11件発生している「白昼の通り魔」の犯人だった。映画はこの暴行シーンから始まり、過去の村での出来事が回想で振り返る。現在の進行している通り魔事件と過去の村での二つの時間を行き来しながら展開していく。

村会議員に当選した源治は心臓発作で死んだことにされ、心中事件は語らぬように村で言われる。村を出て行くシノ。反発した英助とマツ子だったが、マツ子は英助が死んでいる源治の前でシノを犯したことを聞かされ、そんなケダモノのような英助からマツ子もまた喪服姿で首を絞められ失神して犯される。しかし、マツ子は英助が好きだった。マツ子は英助に結婚を申し込み、英助は「どっちでもいい」と言って二人は結婚する。しかし数年後、英助は家から出て行った。そして、気を失った女を犯す屍姦的な嗜好から通り魔事件を繰り返すようになる。

犯人を追及する刑事(渡辺文雄)に、シノは英助のことを言ってもいいか?とマツ子に手紙を書くが、マツ子からの返事は来ない。修学旅行先の大阪でマツ子とシノは会い、女二人が愛について語る。列車のトイレの鏡の前での二人のシーンがいい。最後にマツ子は刑事に英助の写真を渡す。そして英助は捕まり、裁判で死刑を宣告される。マツ子はシノと一緒に源治が死んだあの森で死のうと心中を試みるのだが、またしてもシノだけが生き延びてしまった。

やや図式的な人間関係だ。現実的に生きようとするシノと英助はどちらも貧しい下層階級であり、インテリのマツ子と村長の息子の源治は上層階級に属しており、理想主義的だ。それぞれの階級でカップルが成立していれば問題なかったものが、捻れた関係の愛が生まれたために、嫉妬や愛憎が絡まり合う。民主主義の希望が失われ、理想論が崩壊したときに、脆くて死を選ぶ源治と英助との愛に縋ろうとしたマツ子。しかしマツ子は、男の歪んだ欲望の前に破滅していくしかない。現実的で自らの欲望に従順なシノだけが生き延びる。インテリや理想主義者の脆さと敗北が描かれ、現実を受け入れて生きる女性のしたたかさとタフさが描かれている。後の『愛のコリーダ』にもつながるようなエロスとタナトスの欲望が描かれている。極端なアップや早いテンポの編集など独特の画作りが時代を感じさせる。

シノが英助と再会して襲われるときに、歌(ロシア民謡「ともしび」)を歌うのも大島渚らしい演出だ。大島渚映画にとって、歌は欠かせないものとしてある。『日本春歌考』はまさに春歌からフォークソングまで古今東西歌合戦だったし、『日本の夜と霧』でも、革命歌や労働運動などのさまざまな立場の歌が歌われていた。シノが英助に襲われる場面で口ずさむ歌は不自然な感じ(恐らくアフレコだろう)もしたが、大島は歌わせたかったのだろう。また中学校の教師のマツ子の修学旅行の道中でも、学校唱歌が何度か歌われる場面がある。歌は時代性や集団性と深く関わっている。

1966年製作/99分/日本
配給:松竹

監督:大島渚
製作:中島正幸
原作:武田泰淳
撮影:高田昭
音楽:林光
美術:戸田重昌
キャスト:川口小枝、小山明子、佐藤慶、戸浦六宏、小松方正、観世栄夫、殿山泰司、倉マツ子、岸輝子、川口秀子、矢野宜
☆☆☆3
写真引用コピーライト1950 松竹株式会社
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