小津安二郎、1934年の無声映画。小津安二郎はサイレント映画時代から戦後までの35年のキャリアの中で、54本の映画を監督した。そのうち現在フィルムが現存しない17本のサイレント映画がある。私はこの『母は恋はずや』で、見ることが出来る小津映画はすべて見たことになる。2009年ぐらいからシコシコとレビューを書いているので、レビューもとりあえず小津の全作品を書いたことになる。小津映画は、似たような役者と内容、タイトルのものがあるので、混同してしまいがちであり、私自身も自分のレビューで忘れていたことを確認することも多い。レビューというのは、別の機会に見るとまた違った感想を持つものであり、見る度に違うレビューになると思う。だがしかし、とりあえず小津映画はこれでひととおりは見たことになる。
さてこの『母は恋はずや』であるが、前9巻あるのだが、最初と最後の巻が現存せず、不完全な形で残っている。内容は腹違いの兄弟と母親の物語である。金持ちの梶原家は朝食の時にピクニックの計画を立てたが、二人の息子が小学校に行っている間に父親が倒れて亡くなる。子役の二人の兄弟のアクションを同調させており、同じ制服と帽子姿で、校庭を掃除している用務員さんから「お父さん、今朝は変わったことなかったのかね?」と聞かれ、二人は頷いて後ろに数歩下がり、向きを同時に変えて走り出す場面は、まったく同じタイミングのアクションだ。幼き頃の二人の動きはビッタリであり、仲が良かった兄弟がまず描かれる。二人が大学生になって、亡くなった叔父さんの形見の端艇部の品を受け取る時も、二人は同じ服装、同じように手ぬぐいを首に巻き、同じようにパイプをくわえる。小津は本当にアクションの同調が好きだ。
しかし、この二人の兄弟は、長男の貞夫は先妻の妻の子供であり、今の母は継母なのだ。そのことを隠しながら、母は二人を育てている。しかし大学生になった長男・貞夫(大日方伝)は、その事実を知る。母の千恵子(吉川満子)は、実の子である次男と分け隔て無く育ててきたつもりであり、出生の秘密を知らせなかったことを長男に詫びるが、彼を変わらぬ家族の一員だと思ってきた。
ある日、貞夫はチャブ屋(あいまい宿)に入り浸っている友人を連れ戻しに行くが、支払いの肩代わりをするため母に金を借りる。しかし、次男の幸作(三井秀男)から、実は家計が厳しく、母から節約を強いられたことを聞く。貞夫は母が次男には何でも話すのに、自分には遠慮して気遣って特別扱いをしていることを怒る。母が泣いているのを見た幸作は、泣かせた兄を責め、兄を叩く。貞夫はあえて暴言を吐いて家を出る。母は次男の幸作にも真実を告げ、貞夫の本心を伝える。
家を出た貞夫はチャブ屋(あいまい宿)にいる。母が心配してやって来るが、貞夫は一人がいいと言って強がって追い返す。その母の寂しそうな後ろ姿を窓の2階から眺める貞夫。そこに老いた掃除婦がやって来て、「木の股から生まれてきたんじゃあるまいし、親は泣かせるもんじゃありませんよ」と言い、「同じくらいの息子がいるが、苦労してこうして働いているんだ」と自分のことを告げる。そんな掃除婦の言葉に心を動かされた貞夫は、家に戻り親子3人は和解する。最後の和解のくだりのフィルムは現存していない。
「せいぜい大事にしてやれよ」と母のことを言って、兄が弟の元から去って行く後ろ姿。母がチャブ屋に来たのを送り返し、それを兄が2階の窓から見送る母の後ろ姿。小津はやはり後ろ姿を描くのが好きなのだ。それからチャブ屋の2階の窓から見える煙突のような塔と風に揺れる旗のような布きれが見える。そのカットが何回か映し出される。こういう塔のようなものも小津は好んで映し出す。
1934年製作/93分/日本
配給:松竹キネマ
監督:小津安二郎
原作:小宮周太郎
脚本:池田忠雄
撮影:青木勇
キャスト:大日方伝、逢初夢子、三井秀男、吉川満子、岩田祐吉
☆☆☆3
写真引用

1934 松竹株式会社
ログインしてコメントを確認・投稿する