松竹の人情喜劇の代表的な渋谷実監督による戦後の混乱期から再出発した町医者を中心に繰り広げられるドタバタ人間模様。渋谷実監督は、成瀬巳喜男、五所平之助両監督につき、小津安二郎監督の『淑女は何を忘れたか』(1937)の助監督を務めた後、『奥様に知らすべからず』(1937)で監督デビュー。松竹蒲田らしいメロドラマに乾いた笑いを取り込んだ作品を次々と発表。戦後も、本作や『自由学校』など、戦後風俗をコミカルに描いた作品で松竹の喜劇映画の復活を支えた。その作風は門下の川島雄三に引き継がれた(『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部引用)と言われている。
戦争で一人息子を失った三雲医院の八春先生(柳永二郎)は甥の伍助(増田順二)を院長に迎え、戦後再出発してから丸一年の記念日、伍助はこの日看護婦の瀧さん(岸惠子)たちと温泉へ出かけて行き、三雲医院は「本日休診」の札を掲げた。八春先生はこの機会にゆっくり昼寝でもと思っていた矢先、次々と患者がやって来て、問題が勃発。騒動が続く・・・。
冒頭の電車の車窓から映し出された戦後のバラックのような家々。セットではないリアルな終戦直後の日本の姿が映し出されている。町医者の八春先生は、まさに町の人々の面倒をみる何でも相談屋。チンピラに襲われたと警官(十朱久雄)が女(角梨枝子)を連れてきて、その女の診察をしながら相談に乗る。かと思うと、戦争で精神を病んだイカレた精神病患者の三國連太郎は、軍隊の号令をかけてみんなを兵隊のように扱って騒ぎ出すのだが、それも適当に調子を合わせながら面倒をみている大らかさ。さらに指をつめたいから麻酔を打ってくれと来るチンピラの鶴田浩二を説得し、その男に惚れている淡島千景は、ヤクザの親分に子供を孕まされ、子供は死産になって入院することになる。しかしその入院代を払えないのを、「お金はいつでもいいから」とまさに人情に厚い町医者ぶり。病院の最初の患者で、十数年ぶりに入院代を払いに来た田村秋子や、手紙ばかり書く息子の佐田啓二、刺青を消してくれという青年や、盲腸で入院してお金が払えなくて窓から逃げ出す与太者など、それぞれに問題を抱えた人間たちが次々と八春先生(柳永二郎)のところにやってきて、問題を起こしていく。そして誰もがお金がなく、生きていることが精一杯。とても診察代や入院代をまともに払えるような余裕はいない。お金があって美容に関心のあるヤクザのマダム(市川紅梅)も出てくるが、金を脅し取りに来た鶴田浩二を芝居で追い払う場面もある。博打で入院代を稼ごうとするダメ男たちが逮捕され、傷つけられた女たちは強く幸せになろうと決意する。そんな多くの登場人物のそれぞれのキャラクターの敗戦後の人間模様を楽しむ映画だ。まさに松竹らしい人間喜劇。
ラストは、三國連太郎の号令で整列させられたみんなが、「少年兵が帰還する雁だ」と八春先生が言って、夜空を横切っていく雁の群れに向かって敬礼して終わるのだった。病気や怪我や貧乏でうまくいかないことばかりだけれど、なんとか助け合って未来に希望を持って生きていこうというような映画だ。貧しく混乱していても、人間関係がギスギスしていない大らかさが感じられる。
1952年製作/97分/日本
原題または英題:No Patient's Today
配給:松竹
監督:渋谷実
脚色:斎藤良輔
原作:井伏鱒二
製作:山本武
撮影:長岡博之
美術:浜田辰雄
音楽:吉澤博
キャスト:柳永二郎、淡島千景、角梨枝子、鶴田浩二、三國連太郎、田村秋子、佐田啓二、増田順二、中村伸郎、十朱久雄、長岡輝子、山路義人、市川紅梅、岸惠子
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写真引用

1952 松竹株式会社
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