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2026年03月10日18:18

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「白痴」(1951)黒澤明〜雪の札幌と純粋なる魂に仮面が剥がされていく愛憎劇〜

黒澤明の未見だった映画『白痴』を見る。「原作に忠実であろうとするあまり、当初前後編4時間25分の長編として完成したが、難色を示した松竹側と黒澤監督が対立。切るならフィルムを縦に切ってしまえと、激怒した逸話は有名。結局現在観ることのできるのは大幅にカットされた166分バージョンのみである。」(映画com.解説より)

ドストエフスキーの原作は読んだような気もするが、すっかり忘れてしまっている。映画ではあまりキリスト教的ニュアンスは感じられなかったので、やや普遍化した感じか。赤間(三船敏郎)の母親の仏壇とおりんの音が出てくるので、仏教にニュアンスを変えている。それにしても舞台劇のようだった。芝居が大げさで演劇的なのだ。黒澤明映画は、目玉をギョロギョロさせて、やや大げさな身振りや芝居が多いので、小津や成瀬や溝口の映画と比べて私は苦手なところがある。ただアクション活劇は、見事な演出の冴えを見せるので、もちろん好きな黒沢作品もある。だから、雪の札幌ロケが有名なこの映画も見逃していた。

原節子の眼差しが禍々しく引き込まれるようで強烈だ。札幌の街角で亀田(森雅之)と赤間(三船敏郎)が写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子(原節子)の写真に心奪われるシーンが印象的だ。原節子の写真とガラスに映る二人の男の顔。そこに雪が降る。まさにこの映画を象徴しているようなシーンだ。馬そりが走り、市電や車やバスが通り、激しく降る雪の中で町中や商店街など行き交う人々の姿が映し出され、当時の札幌の町の描写として記録的な価値がある。雪まつりと思われる雪像や中島公園で行なわれていたらしい仮面を付け松明を持ってスケートする「氷上カーニバル」の描写もあり、それを見るだけでも面白い。

戦犯容疑で処刑される直前に人違いで保釈となった亀田(森雅之)は、そのショックで「てんかん性痴呆(白痴)」になってしまった。純粋無垢なる魂を持つ亀田と欲望にまみれた野獣のような赤間(三船敏郎)、そして自らの不幸な運命を呪う美女・那須妙子(原節子)と亀田の純粋さに思いを寄せる勝ち気な令嬢・大野綾子(久我美子)との4人の愛憎が複雑に絡まった人間模様を描いた作品だ。森雅之がじっと人の目を覗き込み、「ボク、苦しいんです・・・」とたどたどしく喋るのは、やや鼻につく。

暴力的で強権的な赤間が純粋で正直者の亀田と正反対の性格ながら、惹かれていくところが面白い。那須妙子(原節子)をめぐって三角関係にありながらも、善良で敵を作らない亀田の前では本音で語ることができ、笑いさえ生まれる。常に強がって戦っている男が鎧を外せる関係が亀田なのだろう。黒澤明は男同士の関係を多く描いてきた監督なだけに、森雅之と三船敏郎の愛憎関係がこの映画の主軸なのかもしれない。お互いのお守りを交換する場面や仏壇前の母親と二人のやりとりなど、友情ともいえる関係がラストの那須妙子の死体を前にして狂気に苛まれるロウソクの夜につながっていく。那須妙子が死体となることで、初めて赤間は那須妙子を自分のものとし、安心して亀田との関係を保っていられる。愛する那須妙子が亀田に心を奪われていることを知っているが故の苦しみ。一方、那須妙子と大野綾子も裏表の関係だ。自らの邪悪さから、亀田へのピュアな思いを綾子に仮託しようとして、亀田と結婚するように綾子に手紙を送り続けた妙子。しかし、最後に綾子と対面したことによって、その幻想が崩れる。亀田への自らの思いが露わになり、亀田に自分か綾子かの選択を迫る。自らの心を偽って生きてきた妙子と、勝ち気でひねくれ者ながら正直で真っ直ぐな綾子。二人の女性は純粋な亀田と出会うことによって、鏡のように反射して自分の正直な心が見えてきて、俗世間や打算から抜け出したということか。しかし、一人の女性を選べない亀田に傷ついて離れてしまった綾子は、最後に再び狂ってしまった亀田の様子を聞き、「白痴だったのは、私の方」と呟いて終わるのだった。

那須妙子(原節子)の誕生日パーティーの場面が素晴らしい。那須妙子をめぐる様々な人物たちの欲望と妙子の秘めた思いが亀田の存在によって明らかになっていく。亀田の眼差しは、自らの虚飾の仮面を剥がし、正直になるための装置となっているのだ。暖炉の揺らぐ炎の陰影が顔にかかり、多くの登場人物が出ていながらもその動きや配置の見事さ。カメラは横移動をしながら人物たちの表情を捉えていく。赤間(三船敏郎)は、いつも外(雪の中)から現われ、外へと去って行く。まさに一幕ものの舞台劇のようだ。

また、赤間の倉庫のような屋敷のセットも見事だ。綾子と妙子が出会う最後の屋敷の場面。雪が降り積もり閉ざされた薄暗い空間、家の前の氷柱や雪の山、格子状のガラスのデザイン、玄関からの薄暗い廊下や石の壁など、閉ざされた重苦しい空間を表現している。外の吹雪の風の音や暖炉の炎も効果的。死の気配さえ感じられる。もちろん雪のポプラ並木やグロテスクな妖怪のような彫像のある公園などの雪の札幌ロケが、人々の寒々しく凍てついた心の裡を描くことに効果を発揮している。

つまり、やや舞台劇的な演技の大げささはあるものの、随所に面白いシーンもあり、雪の札幌の描写とともに見るべき価値のある映画だと言うことだ。


1951年製作/166分/日本
配給:松竹

監督:黒澤明
製作:本木荘二郎、小出孝
原作:ドストエフスキー
撮影:生方敏夫
音楽:早坂文雄
美術:松山崇
キャスト:森雅之、三船敏郎、原節子、久我美子、志村喬、東山千栄子、柳永二郎、千石規子、高堂国典、左卜全、三好栄子、文谷千代子、明石光代、井上大助
☆☆☆☆4
写真引用コピーライト1951 松竹株式会社

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