mixiユーザー(id:3912568)

2026年02月12日17:55

47 view

「汚れた血」レオス・カラックス〜夜の詩的な美しさと疾走する愛〜

2026年1月、4Kレストア版にてリバイバル公開。レオス・カラックス監督の「アレックス三部作」、ドニ・ラヴァンが演じるアレックスという名の男を主人公にした3本の映画、『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)、『汚れた血』(1996)、そして『ポンヌフの恋人』(1991)は、3本目の『ポンヌフの恋人』を作るために、前の2本は作られたのだと改めて3本の映画を観て思う。孤独な青年のアレックスの一方的でまっすぐな思いは、3本目にしてようやく相手に届いたのだ。『ボーイ・ミーツ・ガール』にしても、『汚れた血』にしても、アレックスが好きになった女性は、アレックスの方を向いていない。別の男性を愛している女性なのだ。別の男性を愛している女性を好きになってしまったアレックスの孤独で一方的な思いが2本とも描かれている。

レオス・カラックスが1986年に手がけた長編第2作の本作は、とにかく映像の光と影と色彩が美しい。前に書いたレビューは、ほとんど何も書いていない。ただただ、ジュリエット・ビノシュとジュリー・デルピーの美しさと走り突き進むドニ・ラヴァン、その映像の鮮烈さだけが印象に残った。確かに基本的にどうでもいい物語だ。愛のないセックスにより感染する奇妙な病気「STBO」が蔓延した近未来のパリ・・・。愛が喪失した時代における一方的で強くひたむきな愛。3作とも同じカメラを担当しているジャン=イブ・エスコフィエの映像がとにかく素晴らしい。とくにジュリエット・ビノシュとドニ・ラヴァンが過ごす一夜の美しさといったら言葉で簡単に言い尽くせない。

「大きい人が好きなの。そして20歳ぐらい上か下の男」とマルク(ミシェル・ピコリ)の愛人アンナ(ジュリエット・ビノシュ)は言う。身長が低い小さな男であるアレックス(ドニ・ラヴァン)は、「きれいな白い肌」と彼女に褒められるが、背が低いことでアンナの恋愛対象ではないと宣言されるのだ。マルク(ミシェル・ピコり)の前では、赤い服を纏い、自らの彼への愛を強調していたが、マルクが倒れて寝てしまった後、アレックスの前では、美しい青い服も身に纏う。赤から青への服の転換は、能動的か受動的か、燃える愛から受け止める冷静さへと彼女に心情の変化を表わしている。しかし、その黒い闇の中での青がまた鮮烈的に美しい。アレックスの思いは、彼女の前で躍動し、ラジオをチューニングするように彼女へ気持ちを一方的に同調させる。有名なデビッド・ボウイの“Modern Love”で通りを走り抜け、「もし君とすれ違ってしまったら、世界全体とすれ違うことになる」と2階のホテルの部屋の彼女の顔を見ながら電話で愛の言葉を語りかける。しかし、「モダンラブ」を走り抜けて戻ってきたとき、アンナはいなかったし、最初に出会って飛行機からパラシュートで地上に二人で落下したときも、アンナは意識を失っており、アレックスの思いはアンナには届かない。ホテルの部屋の2階から落ちてくる紙切れには、アレックスへの思いではなく、「マルクを助けて」とマルクへの思いが残酷にも書かれていた。

最初、森の中を恋人リーズ(ジュリー・デルビー)とアレックスが背中合わせになって、同じようにタバコをくわえながら歩く場面もいい。リーズの彼への思いが感じられる。仕草が同じであることが、何よりも二人の関係の親密さを表現している。そして二人でのバイクの疾走のスピード。地下鉄の駅へと走るアレックス。ホームに滑り込んできた赤い電車にアレックスが乗り込み、リーズは間に合わない。ここでも赤が象徴的に使われているが、リーズは赤い電車に乗りそびれてしまうのだ。そして後は単独のバイクでひたすらアレックスを追いかけることしか出来ない。警察の包囲から一時アレックスを救い出すことは出来ても、アレックスと元の関係には戻れない。そしてアレックスが乗る車をひたすらバイクで追いかけるのだが、最後の彼の死においても彼女は間に合わなかったのだ。

アレックスが腹話術をするというのもカラックスの作為的な仕掛けである。死の間際、アレックスは「腹話術で話す方が楽だ」と言って、口を開かず喋りながら死んでいく。人に対して面と向かって会話することよりも、内なる心の声をしゃべり続けたアレックス。饒舌に喋り続けたのは、あの夜のアンナに対して語り続けたときだけである。それは『ボーイ・ミーツ・ガール』で、パーティーのキッチンで隣に座ったミレーユ(ミレーユ・ペリエ)に一方的に饒舌に語るのと同じである。決して対面スタイルで会話をするのではない。アレックスの言葉は一種のモノローグなのだ。

さて、最後のジュリエット・ビノシュの空港での走り出すアクションに感動してしまうのはなぜであろうか。ずっと受け身の静的な女性であり続けたアンナは、マルクへの思いを語り続けていた。しかし、ラストでアレックスの死を看取り、彼の血の温かさを頬に感じて手を添える。そして飛行機で飛び立とうとするかのように、手を広げて滑走路を走り出すのだ。それは、どこに向かって走ろうとする行為なのであろうか。観客にも分からないし、物語的にも意味はない。ただ彼女が前に走り出す行為になぜか胸が熱くなってしまうのだ。それはリーズがアレックスを追いかけてバイクを走らせ続けたことに影響を受けたのかもしれない。アンナの初めて見せた能動的な行為に何か未来の可能性を感じてしまうのだ。アレックスの走りと、リーズのバイクの疾走がアンナに伝染したのかもしれない。

そしてこの映画はサイレント映画のように美しい。チャップリンの『ライムライト』のテーマ曲が路地の角を曲がって子供が出てくるのに付き添うアレックスのシーンで使われているが、ドニ・ラヴァンの手先の器用さやパントマイム的な顔の動きなど、無声映画へのオマージュも感じられる。そして映像の光の明滅。顔のクローズアップ。目の輝き。美しい白い肌。バイクの疾走で髪が風になびき、ジュリエット・ビノシュは口で息を上に吹きかけて髪を揺らす仕草を何度もする。闇と光、赤や青の色彩。アレックスがバスの中で見る白い服の女の印象的なショット。女は輪郭を持たない影のようである。最初はアンナが白い服の女なのかとアレックスも観客も思った。しかし、最後の方のアレックスが撃たれて怪我をして車で飛行場まで向かうときに、白い服の女が通る。アレックスがその女を見る。思い込みは混乱させる。女は謎の幻影か。マルクが怖れるアメリカ女のキャロル・ブルックスもいい。いずれにせよ、改めてこの映画の詩的な映像の美しさに感動した。何度でも見たくなる映画である。


1986年製作/120分/フランス
原題または英題:Mauvais sang
配給:ユーロスペース

監督・脚本:レオス・カラックス
製作:アラン・ダアン、フィリップ・ディアス
撮影:ジャン=イブ・エスコフィエ
美術:ミシェル・バンデシュタイン トマ・ペクル ジャック・デュビュス
衣装:ロベール・ナルドーヌ
編集:ネリー・ケティエ
キャスト:ドニ・ラヴァン、ジュリエット・ビノシュ、ミシェル・ピコリ、ハンス・メイヤー、ジュリー・デルピー、キャロル・ブルックス、ユーゴ・プラット、セルジュ・レジアニ、ミレーユ・ペリエ、ジェローム・ズッカ、シャルル・シュミット、フィリップ・フルタン、ラルフ・ブラウン
☆☆☆☆☆5
写真引用コピーライト1986 /les Films Plain Chant - Soprofilm - FR3 Production
3 7

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年02月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728