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2026年01月27日18:03

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「もどり川」神代辰巳〜死を演じる歌人の心中〜

神代辰巳の未見の日本映画を見る。原作は連城三紀彦の『戻り川心中』、脚本は荒井晴彦。大正ロマンチシズムを生きた、奔放な天才歌人・苑田岳葉と、その野望に身をまかせた女たちを描く。

大正ロマンチシズムの時代というのは、なぜあれだけ心中が流行ったのだろうか?大正デモクラシーが叫ばれ、モダンガール・モダンボーイ、ハイカラがもてはやされ、西洋文化の影響を受けた新しい文芸・絵画・音楽・演劇などの芸術が流布し、思想的にも自由と開放が主張されるようになった。消費文化、大衆文化が花開き、百貨店が流行の発信拠点となり、メディアも発達した。しかし大正後期になると、世界不況に関東大震災が首都圏を襲い、社会変革を求める政治運動が先鋭化し、新たな時代に対する理想や希望と同時に不安や虚無が広がった。そして自由恋愛の流行による心中・自殺、そして作家、芸術家の間に薬物や自傷による自殺が流行した。大正6年には、伯爵芳川寛治の妻・鎌子が、お抱え運転手の倉持と心中した千葉心中事件、有島武郎と波多野秋子の心中事件は大正12年。太宰治の心中事件は昭和になってからだが、未来への不安と焦燥と絶望、社会の枠組みには収まらない自由恋愛による愛が過激に刹那的になっていったのだろうか。エロスとタナトスの表裏一体の欲動。死の向こう側にしか愛を見出せなくなったのか。

この映画のモデルとなった天才歌人・苑田岳葉は、「桂川心中」、「菖蒲心中」という2つの心中未遂事件で2人の女性を死に追いやり、自分は死に切れず、その事件を短歌に詠み上げ、2度目の心中未遂事件直後に34歳で自害して果てた大正期の天才歌人だ。萩原健一が我が儘に暴力的に性的に体当たりで演じている。神代辰巳と萩原健一のコンビと言えば『青春の蹉跌』(1974)が思い出深いが、『アフリカの光』(1975)という作品もある。神代辰巳監督といえば、『一条さゆり 濡れた欲情』、『四畳半襖の裏張り』、『四畳半襖の裏張り しのび肌』『悶絶!!どんでん返し』などの日活ロマンポルノ作品が多いが、『宵待草』(1974)、『青春の蹉跌』、『赫い髪の女』(1979)が私は好きだ。

神代辰巳作品らしく、人物たちの距離感がやたらと近く、長回しが多い。男と女は絡み合い、もつれ合い、叫び、呻き、泣き、囁き、悶え、苦しみ、罵り、怒り、縋り、のたうち回る。距離感をとってセリフを言い合う場面は少なく、ほとんどが顔を寄せ合い、絡み合いの中で、囁くように、泣くように話をしている。

岳葉(萩原健一)は、結核を患う妻(藤真利子)がいながらも、遊女(池波志乃)と遊び、歌の結社の代表である村上秋峯(米倉斉加年)に「毒がない」と歌のことを言われて揉めて破門される。その夜、以前から惹かれていた秋峯の妻・琴江(樋口可南子)の部屋に強引に押し入り、関係を持つ。二人は駈け落ちの約束をするも、岳葉は琴江が待つ駅へと行かず、姦通罪で刑務所に送られる。出所後、関東大震災が起き、街は荒廃。震災描写はかなり激しく描かれ、脚本家の荒井晴彦が後に脚本を書き、森達也が映画化した『福田村事件』(2023)の朝鮮人虐殺を思わせる場面も挿入されている。そして偶然再会した琴江は娼婦になっていた。愛した女が自分のせいで娼婦になったことがショックで、首を吊って死のうとした岳葉のところに、彼の歌のファンだという音楽学校の学生文緒(蜷川有紀)が現われる。令嬢である文緒は親に反対され岳葉と会うことを禁じられるが、姉(加賀まりこ)の計らいで秘かに京都の桂川の旅館で会う。二人は桂川で心中を試みるも未遂に終わり、岳葉が心中を詠った「桂川情歌」が売れて、彼は歌人として認められ有名になる。世間ではその歌集がキッカケで心中が流行るようになる。岳葉は文緒と心中する前に愛する琴江に手紙を書いていた。しかし手紙の返事は来なかった。自分が誰かの見替わりだと気づいた文緒はその後、自殺してしまう。

結核の妻(藤真利子)を見舞った療養所で友人の詩人で社会主義運動家の加藤(柴俊夫)と妻・朱子(原田美枝子)と出会う。加藤は大杉栄が殺されてから過激になり、官憲に追われ爆弾を抱えて死んでしまう。残された朱子に岳葉は心中を持ちかける。そして琴江に約束の旅館に来なければ、あなたのせいで、また他の女性と心中すると言う。琴江は、岳葉の心中を止めさせて、もう一度彼を信じて生きようと、約束の旅館にやってくる。雨が降りしきる駅のホームに立つ琴江。朱子は、岳葉が琴江と会っている間、岳葉のノートを見つけて読む。そこにはこれから二人が行なう心中が未遂に終わり、そのことを詠った歌がすでに書かれていた。岳葉の歌はあらかじめ出来ていて、その歌の通りに心中を演じているのだった。夜になって、岳葉と朱子は、舟で川へ出て薬を飲む。ノートを読んだ朱子は、岳葉の用意していた薬を差し替えて、本物の毒の薬を二人は飲んだのだ。吐き出そうとする岳葉だが昏睡状態に陥っていく。そんな岳葉を見て死んだと思った朱子は、自ら手首を切って死ぬ。川のほとりでは、二人の心中の様子を見ていた琴江が自殺していた。昏睡状態から覚めた岳葉。またしても自分だけが生き残ってしまった。そして自ら命を絶つのだった。妻は岳葉の骨を受け取りを拒否する。

藤真利子が若くて可愛らしいし、樋口可南子も若くて美しい。池波志乃も色気たっぷりで魅力的だ。萩原建一が障子越しに手を入れて樋口可南子と抱き合う場面が艶めかしい。後半にやっと出てくる原田美枝子も若くて魅力たっぷりだ。全体的に影が多く暗いトーンで撮影しているし、ほとんど女性たちは萩原健一と絡み合っている。顔を近づけ、身体を寄せ合い、思いを激しくぶつけ合っている。とても情動的だ。神代辰巳の代表作『赫い髪の女』と同じように雨がやたらと降る。閉じ込められたような男女の閉鎖性が、内へ内へと向かい、死へと突き進んでいく。霧と川に浮かぶ小さな舟が揺れ、あの世との境を彷徨うような描写は、溝口健二の『近松物語』や『雨月物語』を思い出す。岳葉はいい歌を作るためなら、女を利用し続けた芸術に魂を売り渡したような歌人だったのかもしれない。死を演じるフィクションのなかでしか、歌の真実に辿り着けなかったのか。関東大震災後、死がやたらと生の世界を侵食している時代だったのか・・・。


1983年製作/137分/日本
配給:東宝東和

監督:神代辰巳
脚本:荒井晴彦
原作:連城三紀彦
製作:川野泰彦、田中収、島田十九八
撮影:木村公明
美術:横尾嘉良
音楽監督:萩原健一
音楽:ドンジュアン 篠原信彦 石間秀機
録音:瀬川徹夫
照明:宮崎清
編集:鈴木晄
キャスト:萩原健一、原田美枝子、藤真利子、樋口可南子、蜷川有紀、池波志乃、高橋昌也、柴俊夫、加賀まりこ、米倉斉加年
☆☆☆☆4

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