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2025年12月07日16:42

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夜ドラ『ひらやすみ』〜一緒に食べることの幸福と俳優たちの独特の身振り〜

NHKの夜ドラが好調だ。同級生の女の子たちの宇宙への夢を描いた『いつか、無重力の宙で』(脚本:武田雄樹/木竜麻生、森田望智 ほか)も良かったが、『ひらやすみ』(原作:真造圭伍/脚本:米内山陽子/岡山天音、吉岡里帆、森七菜 ほか)は終わってしまうのが残念だという声が多く聞かれるほどの魅力のある素晴らしいドラマだった。そこには誰もがホっとできるような時間と居心地の良い空間=家が描かれており、ストレスフルな現代社会にあって必要とされるドラマだったのだと思う。月曜から木曜まで22時45分〜23時の15分という時間尺もちょうどいい感じだったのだろう。ちょっとした日常のほのぼのとした一コマの切り取りが、多くの人の癒やしになった。

ビッグコミックスピリッツで連載していた真造圭伍の漫画は残念ながら読んでいないが、原作そのものの世界観がドラマでもそのまま生かされているのだろう。そんな気がする。なんといっても主演の29歳フリーターのヒロト(岡山天音)の佇まいがいい。あのブラブラと歩く歩き方、「なっちゃーん」と食事の用意が出来たときに同居している美大生のいとこ・なつみ(森七菜)を呼ぶ声。なっちゃんがなかなか部屋から出てこなくても、決してイライラしたり怒ったりしない。時間に追われていないので急いでいないのだ。なっちゃんに歩道橋から好きな景色が見える場所を教えるヒロト。阿佐ヶ谷の釣り堀屋で働く日常というのも、なんだか都会の片隅のエアポケットに入り込んだような空間でまたいいのだ。ベンガルをはじめ常連さんたちのクセのあるオヤジたちもいい。岡山天音という俳優は、目と目の間が開いていて平べったい顔と話し方で独特の存在感がある。『べらぼう』で江戸時代の戯作者・恋川春町を演じて、武士として切腹しつつ、「豆腐の角に頭をぶつける」死に様は見事としか言いようがなかった。また、少し前の朝日放送ドラマ『日曜の夜ぐらいは・・・』(2023年4月〜7月/脚本:岡田恵和/清野菜名、岸井ゆきの、生見愛瑠ほか)でもいい味を出していたし、「ユーミンストーリーズ」第3週『春よ、来い』(2024年3月NHK)でも宮��あおいとカップル役をやっていた。今回のドラマでまた名前が売れて、個性的なバイプレイヤーとして、これからますます人気者になるだろう。

このドラマは、「なっちゃーん」というなつみを呼ぶヒロトの声と食事シーンを中心にドラマが展開する。それはかつてこの平屋に住んでいたばあちゃんの根岸季衣の料理をヒロトが食べ始めるようになったのが、二人の出会いのキッカケであったように、「一緒に食べること」に日常の価値が強調されているドラマである。食事を楽しく美味しそうに見せることにこのドラマの力点が置かれていた。
トンカツや鍋やカレー・・・。みんなで集って食べることの幸せを描くことこそ、このドラマの最大の魅力であっただろう。そしてボロい平屋の縁側と庭が効果的に使われていた。古い家の縁側と庭こそが、共同体ユートピアの夢の場所なのであった。ばあちゃんの思い出のあじさいの白い花びらも効果的に使われていた。さらに、淡々として楽しげな日常的な音楽(富貴晴美、福島節)もまたいい感じだった。

そして特筆すべきなのが、山形から上京してきた美大生なつみを演じた森七菜のアクションである。原作漫画にどれだけ、なつみ役の身振りが描かれているのか分からないが、漫画を描くことが引きこもりのオタクのコンプレックスであるかのように、人見知りで不器用で自意識過剰ななつみのキャラクターを森七菜が全身の奇妙な身振りで表現していた。素晴らしかった。子供みたいなスネたしゃべり方や背中を丸めた可笑しな身振りは、なつみを実在する人物として見事に造型していた。森七菜という女優が、一番輝いていたドラマではなかっただろうか。

中盤から後半にかけて盛り上げていったのが、不動産屋で働くよもぎ・吉岡里帆と、ヒロトの同級生の親友のヒデキ・吉村界人であろう。吉岡里帆は、つねに急いでいて時間に追われている。忙しく働いていて余裕がなく、幸せを感じる時間がない。いつものんびりしているヒロトとすれ違う度にイライラしている描写が対極的で面白かった。特に駅のエスカレーターで吉岡里帆が右側を走って昇ろうとするのを、上の段の右側で立ち止まって動かないヒロトとのやり取りは笑えたし、それが後半の回でのヒロトが走っているのを、陸上部出身の吉岡里帆が全速力で走って追い抜いていく名シーンとつながっていった。親友と一緒に部屋で過ごしたときに、吉岡里帆が奇妙な笑い方のクセも、彼女の魅力をそれとなく描いていたのもいい。彼女は決して仕事が出来る要領のいい女ではないのだ。最終回では、なにかヒロトとの間に起きるのかと思いきや、何もなく終わらせたのもいいと思った。

ヒロトの親友の吉村界人もまたパワハラと不器用な仕事ぶりで鬱々とする部分と奇妙な格好つけポーズなどを見せる空疎な男を演じていて、岡山天音との対照性が際立った。岡山天音もまた、かつて俳優という競争社会から脱落して、心を病んだ経験があり、吉村界人と似たところもある。このドラマの登場人物は、誰もがこの忙しい社会に上手く適用できずに、ストレスを抱えて生きているのだ。子育てでいつも疲れた顔をしていた蓮佛美沙子もまた同じだ。吉村界人と岡山天音の二人が、高校生時代の映像製作の思い出の田んぼでのズブ濡れを、釣り堀で反復して終わるのもいい感じの演出だったと思う。

岡山天音の人を呼ぶ声、歩き方、森七菜の奇妙なオタクっぽい身振り、一緒に食べること、走ること、一緒に濡れること、そんな身振りやアクションが、ドラマ全体の中で計算されて演出されていたことが、ささやかな日常の幸福を描いたこのドラマの魅力となっていた。


NHK夜ドラマ『ひらやすみ』
原作 真造圭伍
脚本 米内山陽子
演出 松本佳奈、川和田恵真、高土浩二
音楽 富貴晴美、福島節
制作 NHKエンタープライズ
製作 NHK
放送局 NHK総合
放送期間 2025年11月3日 - 12月4日
話数 全20話
8 22

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