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2025年11月25日19:01

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「旅人の必需品」ホン・サンス〜謎の女によって導き出される見知らぬ自分〜

東京滞在中の空き時間にもう一本、ホン・サンスの新作『旅人の必需品』を渋谷のユーロ・スペースで観た。お馴染みのホン・サンス映画であり、『3人のアンヌ』(2012)、『クレアのカメラ』(2017)に続いてイザベル・ユペールと3度目のタッグを組んだ作品だ。

韓国で謎のフランス語会話の先生をやっているフランス女性イリス演じるイザベル・ユペール。フランス語会話の先生と言いながらも、ちっともフランス語は出てこなくて、生徒と共通の言語である英語で単純な日常会話を繰り返す。生徒がピアノを弾くと、演奏して感じたことを聞く。「幸せを感じた」「メロディが美しいと感じた」と表面的な答えをする生徒に、イリスはさらに突っ込んで聞く。「他に感じたことは?」。生徒は「自分の演奏が下手なことに苛立ちを感じた」と答える。この質問の受け答えのやり取りが、別の生徒でも反復されるのだ。一人目の若い女性に続いて、二人目の生徒は夫婦の奥さん(イ・ヘヨン)だ。今度はピアノではなく、ギターを演奏するのだが、イリスと生徒のやり取りはほぼ同じ言葉。イリスは、そんな英語でのやり取りをフランス語の詩にような形にしてメモを渡し、次週までに生徒に覚えてくるように言って授業は謝礼を受け取って終わるのだ。「自分の中にある他者」「苛立ち」「違和感」とといった心の底にある思いがイリスによってフランス語にされる。単純な言葉のやり取りから始まる心の奥深いものへの問いかけ。詩。

そしてイリスは年下のボーイフレンドの家に帰ってくる。イングク(ハ・ソングク)は詩を書いている若い青年のようだ。イリスは一日で稼いだフランス語教師の謝礼をイングクに渡す。思いつきで始めたフランス語教師。先生の経験も資格もないのに、旅先の思いつきで始めたらうまくいったようだ。イングクは、公園でヘタクソなリコーダーを吹いているフランス人女性イリスと出会い、家で一緒に暮らすようになったようだ。イリスはいわば旅の居候。そんな二人で暮らす家に、突然イングクの母(チョ・ユニ)がやって来て、イリスの存在を問いただす。イリスは親子の邪魔をしないように部屋を出て、周辺をぶらぶらして時間を潰す。イングクの母は、正体不明の謎のフランス女性のことで怒り出す。「これまでどんな生活をしてきて、どうして韓国に来たのか?フランス女性のことを何も知らないで一緒に暮らすなんて!」とブチギレるのだ。そしてパンばかり食べているイングクに、母の得意料理である辛いチゲ鍋を作って息子に食べさせて満足する。最後はなかなか帰ってこないイリスをイングクが迎えに行き、公園でマッコリを飲んで眠っているイリスを見つけ、「一緒に帰ろう」と言うのだった。

ホン・サンスのいつものようになんてことはないエピソードの一日。カメラはいつものようにカットを割らず長回し。会話を引きの映像でそのままに撮っていく。イリスというフランス女性が、なぜ韓国に一人でやって来てフラフラと過ごしているのか?若い男の部屋に寝泊まりするような生活をしているのか?謎のままである。授業を終えてイリスを見送る夫婦が、すぐにイリスを見失う場面がある。彼女が消えてしまったかのように。そんなあやふやで曖昧な存在がイザベル・ユペール演じるフランス女性だ。異国の単純な言葉で会話をすることで気づかされる「自分の心の内側」、「自分の中にある他者」。「自分の知らない何か」を引き出してくれるような媒介者のような存在として、イザベル・ユペールが現われたかのようである。それは一緒に暮らしているイングクにとっても同じだ。辛い韓国の料理が大好きだったはずのイングクは、イリスと暮らすようになって別の人間になってしまったかのように母親は思って戸惑うのだ。他者との関係によって、別の自分、自分の中にある他者が見つけ出されたりするものだ。

ホン・サンス映画は酒を飲むシーンが多いが、この映画でもマッコリは常に出てくる。そして詩が何度も登場する。日本の刑務所で死んでしまった若き韓国の詩人ユン・ドンジュの詩が出てくる。音楽、詩、マッコリ、会話。緑のカーディガンを羽織り、緑のペンキで塗られた屋上でタバコを吸い、緑のテープをボールペンに巻き、木々の緑のある公園で一人くつろぐ。緑の精のような不思議な存在感でイザベル・ユペールは、ホン・サンスの映画にまた現われた。


2024年製作/90分/G/韓国
原題または英題:A Traveler's Needs
配給:ミモザフィルムズ

監督・製作・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
キャスト:イザベル・ユペール、イ・ヘヨン、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、キム・スンユン、カン・ソイ、ハ・ジンファ
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