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2025年10月22日15:21

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「嵐が丘」吉田喜重〜霊界へと踏み越えて行く妄執と狂気〜

エミリー・ブロンテ原作の『嵐ヶ丘』の映画化。これまで『嵐ヶ丘』は数多く映画化されてきたゴシック・ロマンスである。、『リア王』、『白鯨』、『嵐が丘』が「英米文学の三大悲劇」という説もある。ウィアム・ワイラー、ルイス・ブニュエル、ジャック・リヴエットなど多くの映画監督がこの原作に興味を示し映画化してきた。ケイト・ブッシュの歌まである。吉田喜重は1986年に『人間の約束』で13年ぶりに映画界に復帰して2年後の1988年にこの小説を映画化した。吉田はこの作品に構想28年をかけたとも言われている。

脚本も書いた吉田喜重は、19世紀イングランドのヨークシャーから鎌倉時代の日本に舞台を移した。熊本の阿蘇山の火砕流台地にセットを組んでロケしていると思われ、緑の木々など一切無い荒々しい山肌が異様な風景を作り出している。まさに荒野の大地であり、風が吹き荒れている。映像は様式的で演劇的な空間としてリアリティを排して、この神話的な物語を描いてみせた。当然ながら役者たちの台詞まわしも、大袈裟な演劇的なものになる。冒頭は風の音と武満徹の幻想的な音楽とともに霧のなかの屋敷が映し出される。そして琵琶の音とともに物語が始まっていく。荒らされた墓と鬼丸(松田優作)の登場。「見たな、棺の中を」と鬼丸は容赦なく墓を見た猿使いを斬り捨てる。

これは野性味溢れる粗暴なる野人・鬼丸を演じる松田優作と妖艶で美しい姫・絹を演じる若き田中絹代の狂おしい愛の物語である。暴力的で乱暴な松田優作の演技や振るまいが、この荒々しい岩山と一体化しているようであり、松田優作無くしてはこの映画は成立しなかったとも言える。そのただの暴力性から、絹への妄執が死んだあとにまで及ぶ狂気へと変化していくところが凄い。墓から棺を取り出して開けてみたとき、美しい絹の死体から蛆虫が這い出てきて死体を食い散らかしている。そのおぞましい姿を見たときの鬼丸の絶叫。さらに白骨化した絹を墓から持ち出して、慈しむ。妄執の末の狂気が描かれていく。

山部一族は荒々しい山に住む祭祀をなりわいとしていた。本家は東の荘・高丸(三國連太郎)で、分家として西の荘がいる。両家は同じ山部一族だが、仲違いをしている。山部一族の者たちが里へ降りて来ることを村人たちは忌み嫌っていた。祟りがあると。この映画では村人たちの生活は描かれない。ほとんどが村人たちが出てこない無人の荒野とそこに住む山部一族の屋敷内の描写である。どこか時代を超えた神話的な世界のようである。無時間的な抽象的な演劇的空間と言える。

ある日、高丸(三國連太郎)が都から幼い男の子を連れ帰った。そして鬼丸と名付け下男として育てた。東の荘には長男の秀丸(萩原流行)と美しい娘・絹(田中裕子)がいた。秀丸は鬼丸を疎んじたが、絹は鬼丸に関心を持ち、やがて二人は惹かれ合うようになっていった。高丸が絹のために都から土産に持って帰った鏡が効果的に使われている。吉田喜重が何度も使ってきた鏡が、ここでも出てくる。絹自身が自らの顔を映す鏡であり、太陽の光を鬼丸に反射させるための鏡でもある。その鏡は死後の棺の中にもあり、鬼丸を照らし出す。鏡が絹と鬼丸を結びつけているとも言える。

田中裕子の妖艶な美しさも見どころだ。都へ行って巫女になることを拒み、分家の西の荘の長男(名高達男)光彦のところへ嫁ぐことにした婚礼の前夜、絹は鬼丸と結ばれた。「呪ってやる」という鬼丸と「その呪う心がお前が片時も私を思う証」と返す絹。<呪うー呪われる>という関係でつながった二人。そして絹は西の荘に嫁ぎ、娘を産み、同じ名前の絹と名付け育てるが、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまう。その死の間際で光彦に「鬼丸をあの世の地獄へと連れて行きます」と言うのだ。まさに絹は死後の世界に鬼丸を連れて行き、鬼丸もまた霊界を彷徨うように絹への執着を示す。

秀丸の妻・紫乃(伊東景衣子)が絹の出産を手伝った帰りに野盗に輪姦されて殺される。妻の名前を呼んで泣き叫ぶ秀丸(萩原流行)と着物を脱がされ荒野で裸のまま横たわって死んだ女の俯瞰ショット、そこに鳩が一斉に飛び立つ場面があり印象に残る。また、都で武勲を立て地頭となり、東の荘の当主となった鬼丸のところへ、光彦の妹・妙(石田えり)が西の荘からやってくる。そして鬼丸に迫るのだが、鬼丸は絹以外の女に興味が無く、妙を乱暴に犯す。そして妙は屋敷の門に白い帯で首をくくって死んでしまう。荒々しい荒野と霧が立ちこめる幻想的な美しさの中で、死者たちが次々と描かれていく。

最後はスプラッター映画のように切り落とされた鬼丸の腕が、刀とともに地面に突き刺さり、片腕を無くした鬼丸が不死身のように絹の棺を引きずって荒野を歩いて行く場面で終わる。愛する女の死に取り憑かれた男の幻想的な寓話のようである。まさに村人たちが暮らす里と霊界の境界の荒野に棲まうものたちの物語であり、さらに女ヘの妄執の末に霊界へと自ら踏み越えていった男の物語であった。


1988年製作/143分/日本
原題または英題:Onimaru
配給:東宝

監督・脚本:吉田喜重
原作:エミリー・ブロンテ
企画・製作:高丘季昭
プロデューサー:山口一信
撮影:林淳一郎
美術:村木与四郎
音楽:武満徹
録音:久保田幸雄
照明:島田忠昭
編集:白江隆夫
キャスト:松田優作、田中裕子、名高達男、石田えり、萩原流行、伊東景衣子、志垣太郎、今福将雄、高部知子、古尾谷雅人、三國連太郎
☆☆☆☆4
写真引用(C)KADOKAWA1988
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