ポルトガルの鬼才ペドロ・コスタの初期3作品を監督自ら監修した4Kレストア版にて特集上映企画「ペドロ・コスタ はじまりの刻(とき)1989-1997」にて劇場初公開。『骨』(1997)に続いて観たのがこの作品『血』。1989年に発表した長編デビュー作だ。
モノクロ映像が美しい。『骨』や『ヴィタリナ』(2019)などで描かれていた暗い路地のスラム街や薄暗い部屋などの閉鎖的空間に比べて、このデビュー作は夜の街や森と川が美しい。霧が立ちこめる夜の幻想的な川の映像は溝口健二の『雨月物語』のようだ。舟で川から引き上げられる死体。それを見る恋人たち。土手に集ってくる人々。夜の川の映画と言えば、チャールズ・ロートン監督、ロバート・ミッチャム主演の『狩人の夜』という映画も思い出す。ペドロ・コスタの映画は閉鎖的な闇のイメージばかりだったのが、このデビュー作では空間的な広がりが描かれている。森の移動撮影や光の電球がたくさん点いている祭りの広場を走り抜ける恋人たち。あるいは街の明かりが点在する夜の高台の公園を走る少年の移動撮影など、その映像だけで感動してしまうシーンがある。この映画は閉鎖的な家、家族の崩壊から、死と森を抜けて、未来へと向かおうとしている映画なのかもしれない。
父親にビンタされる青年ヴィセンテ。それぞれの正面からの顔のアップで始まる。『骨』同様に顔の正面からのアップ。親子の諍い。父親は病気の治療のため、どこかへ行こうとしている。「ニノには死んだことにでもしておいてくれ」と父は言う。何か秘密を抱えたまま父親の失踪。夜の光を背景に去って行く父の後ろ姿がある。ヴィセンテは薬局に忍び込んで薬を盗む。父親を殺すシーンは一切無い。病気のための安楽死だったのか、父との諍いからの息子の父殺しなのか、よく分からない。ヴィセンテが恋人クララに「助けてくれ。君が頼りだ」と言う場面があり、手のひらの傷と包帯がアップになる。父親の死体を運ぶシーンがあり、二人は墓地に穴を掘って埋めようとする。なにも知らない幼い弟のニノ。斧を持って森を歩くヴィンセンテ。ニノのためにクリスマスツリーを伐るのだ。父親に多額の金を貸していると言う二人組の男たちが現れる。ヴィンセンテとクララとニノの3人で過ごす安らぎの時間。森の中を歩くクララとニノ。クララは幽霊が取り憑いている木をニノに教える。かつてヴィンセンテに恐い思いをさせられた木だ。
叔父さんが父の不在を不審に思って訪ねてきて、父の居所を問いただす。叔父さんに殴りかかるヴィンセンテ。叔父さんはヴィンセンテが不在の時に、眠っている弟のニノを連れ出す。ヴィセンテはおかしな奴だからそばにいてはいけない。ニノを自分の息子のように育てるつもりのようだ。だが、ニノは叔父さんのマンションの部屋に居続けるつもりはない。ヴィンセンテとクララが助けに来るのを待っている。叔父さんには、障害がある夜も眠らないニノよりも小さな息子がいる。3人で一緒に水族館に行ったり、ホテルで食事をする場面などがあるが、ニノはホテルの食事はまずいと言って食べない。
叔父さんのマンションにニノを探しに来たヴィセンテは、借金取りの男たちに連れ去られ、マンションの部屋に監禁される。そこには父の知り合いだった女性がいる。父の居所を尋ねる女。ベランダでその女性と話をするヴィンセンテ。ベランダから落ちる食器。
ニノは叔父さんの部屋から逃げだし、夜の公園を走る。クララと出会い、「前のように3人で一緒に暮らしましょう」と言われる。ヴィセンテは女に父の居所を教えると言って部屋を抜けだす。そして恋人クララと夜の川で抱き合う。ラストは、モーターボートに乗って一人逃げてゆくニノ。「世界でもっとも偉大な発明はなんだと思う?」と聞かれても答えず、迷わずどこかへ向かっていく。
家族の崩壊。父殺し。母親は一切出てこない。家族にどんなトラブルがあったのか。幼い弟のニノは連れ出される。次作『骨』で赤ちゃんが家から連れ出されたように、ニノも家から連れ出される。家族はバラバラに離散し、そこに幸せはない。ペドロ・コスタは幸せな家族も家族が揃う食卓も描かない。借金取りの男たちは、家族を脅かす暴力的な圧力の隠喩か?そして「死」があちこちに顔を出す。父親の死体。墓地。森の中の霊が取り憑いた木。そして川からあがる死体。「死」は人々に取り憑いているようだ。『骨』でもティナは何度もガス自殺を図り、彼女は「死」に取り憑かれていた。『ヴィタリナ』でも帰りを待ち続けたヴィタリナの夫は死んでいた。
そして幼いニノは自分で走り出す。そしてボートに乗ってどこかへ向かう。未来へ。死の気配は立ちこめているが、夜の森を彷徨うロマンチックな恋人たちの映画でもあり、自分の足で未来へ踏み出す少年の映画でもある。家族を葬り、彷徨う森を抜けて、どこかを目指す。そこに希望はあるのか。タイトルの「血」の意味はよく分からない。
1989年製作/95分/ポルトガル
原題または英題:O Sangue
配給:シネマトリックス
監督・脚本:ペドロ・コスタ
キャスト:ペドロ・エストネス、ヌーノ・フェヘイラ、イネス・デ・メディロス、ルイス・ミゲル・シントラ
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