ルイス・ブニュエルのメキシコ時代の1956年に手がけたサバイバルドラマ。さすがブニュエル、この世界の縮図のような映画だ。
南米のある国のダイヤモンド鉱山で突如、政府軍が鉱山を接収すると宣言したことで、鉱夫たちが暴動を起こす。政府軍との争いになり、町は戦乱状態に。そんなときに一人の流れ者クラーク(ジョルジュ・マルシャル)がやって来て、鉱夫たちの暴動に加わり爆発騒ぎを起こす。クラークは銀行強盗をして逃げてきたようだ。戦いに加わらないといっていた平和主義者の善人カスタン(シャルル・ヴァネル)は、マルセイユでレストランを開業することを夢見ていた。そして娼婦のシモーヌ・シニョレを妻にして、ろうあ(聾唖)者の娘マリア(ミシェル・ジラルドン)とともにフランスへ行こうとしていた。それが戦乱状態になり、首謀者扱いにされ、見つければ賞金が出ると手配される事態に。自首するように説得にきた神父を演じるミシェル・ピッコリ。髪がフサフサで若くて分からなかった。首謀者にされた流れ者のクラークと善人のカスタンは夜の船で逃げ、そのまま密林に逃げ込む。船に同行していた娼婦、神父、カスタンの娘も含めた5人はひたすら密林の中を逃げ、サバイバルが始まる。
密林で行動するのが、流れ者、神父、娼婦、善人、無垢なる娘の5人というのが象徴的だ。政府軍(権力側)と反政府軍(鉱夫=労働者側)の対立・抗争があり、その争いから離脱した5人のサバイバル。歴史的に繰り返されてきた物語のようだ。5人は、食糧を奪われ、空腹の中で雨に濡れ衰弱し、服も次第にボロボロになっていく。森を彷徨った挙げ句に、火をおこした跡を見つけ、誰か人間が近くにいると思ったら、自分たちがおこした火の跡であることが分かり、堂々巡りで同じところに戻ってきただけだった。カスタンが夢見てたフランス凱旋門の破り捨てられた写真がそこにあったのだ。徒労となる行動。夢は絶望となり、密林から抜け出せない5人。足を挫く者、もう動けないと倒れる者、生きて帰れないと諦める者・・・。しかし、逃亡のリーダー格になっているクラーク(ジョルジュ・マルシャル)が一人で先に進み、飛行機の墜落現場を見つける。そこから食糧を持ってみんなのところに戻って来るのだ。川も見つけ、奇跡的に助かった5人。筏を作って流れていけば生き延びられる。森に戻って飛行機の乗客の遺体を墓に葬り、残された荷物から衣服や宝石を取って身につける者たち。しかし、無垢なるマリアが見つけた宝石は神父が横取りし、それをまた娼婦が横取りする。森の中で貴婦人のパーティードレスを着飾り、宝石を身につける娼婦のシモーヌ・シニョレ。クラークは、娼婦と二人だけで逃げようとする。善人であるカスタンは、死んだ人たちから衣服や宝石を盗むことを許せない。精神的にも崩壊したのか、ボロボロの服を着たまま「神の裁きがある」と言って、突然仲間に発砲して撃ち殺してしまう。結局、生き残ったクラーク(ジョルジュ・マルシャル)と娘のマリア(ミシェル・ジラルドン)の二人がボートで川へと漕ぎ出すのだった。
なんとも言えないサバイバルドラマだ。罪を許せない善人と、極限状態で欲望が勝る神父、そして狡猾で計算高い娼婦が殺されてしまう。生き残ったのは行動力のある男と無垢なる娘だ。宗教、欲望、金、権力・・・そして暴力。ブニュエルがいつも皮肉を込めて描いてきたものだ。
1956年製作/104分/フランス・メキシコ合作
原題または英題:La mort en ce jardin
監督:ルイス・ブニュエル
製作:デビッド・メイジ
脚本:ルイス・アルコリサ、ルイス・ブニュエル、レイモン・クノー、ガブリエル・アルー、ホセ=アンドレ・ラクール
撮影:ジョージ・スタール・Jr.
音楽:ポール・ミスラキ
キャスト:シモーヌ・シニョレ、シャルル・バネル、ミシェル・ピッコリ、ジョルジュ・マルシャル、ミシェル・ジラルドン
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写真引用Mort en ce jardin : (C) 1956 Les Grands Films Classiques – STUDIOCANAL
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