ポール・トーマス・アンダーソンがこんな分かりやすい痛快エンタメ活劇映画を撮るとは思わなかった。面白い。誰が見ても抜群に面白い追走劇の親子愛だ。追いつ追われつ、逃げて落ちて・・・。レオナルド・ディカプリオが冴えないオジサンに成り果てていて良かった。若者たちは、ビルからビルへと飛び移りながら逃げていくのに、デカプリオ演じるボブは、ビルを飛び移れずに落下して捕まる。まったく冴えない。それでもセンセイことベニチオ・デル・トロに助けてもらい、パトカーに追われ「飛び降りろ」と言われるが、今度は車から飛び降りることが出来ない。無理矢理、車から振り落とされる情けなさ。この冴えないオジサン加減がなんともいい。そして、ウェス・アンダーソンの『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』にも出ているベニチオ・デル・トロがカッコいい。あの映画も同じように父と娘の親子愛の映画だったが、こちらも同じく父と娘の親子愛だ。何度も暗殺を企てられ、傷だらけ、痣だらけだったベニチオ・デル・トロは、こちらでは沈着冷静、謎の空手のセンセイとしてデカプリオのピンチを何度も救う。ラストのあの優雅なダンスはなんだ!?カッコよすぎるだろう。
さて、ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)といえば、権力と暴力、性と欲望と愛、いびつな家族愛や宗教的カリスマ性など、重厚で複層的な世界を描いてきた。PTAの映画は、一筋縄ではいかない考えさせる力作が多い。なんてったって『マグノリア』では空からカエルまで降らせているのだから。『ブギーナイツ』(1997)ではポルノ業界を舞台にした男社会の共同体の権力と暴力が描かれ、『マグノリア』(1999)は奇妙な性と死をめぐる群像劇だったが、セックスのカリスマを演じたトム・クルーズが強烈だった。『パンチドランク・ラブ』(2002)は恋愛コメディのような不条理な愛と暴力、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)は、石油による金の欲望と力が、『ザ・マスター』(2012)では宗教のカリスマ性の支配ー被支配の奇妙な関係が描かれた。『ファントム・スレッド』(2017)は、男社会ではなくファッション業界を舞台に共依存的なデザイナーとモデルの愛の物語だったし、『インヒアレント・ヴァイス』(2014)はトマス・ピンチョン原作の70年代のロスのサイケデリックな探偵ものという不思議な映画だった。近作の『リコリス・ピザ』(2021)は、懐かしき青春グラフティ的な映画であり、ハリウッド映画へのオマージュもあったが、本作もこれまで多くの映画が描いてきたアクション活劇へのオマージュが感じられた。それも情けない男の必死のアクション映画。
本作もまた、トマス・ピンチョンの小説「ヴァインランド」からインスピレーションを得た物語だそうだが、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』同様に、現代の争いが絶えない世界の状況が二重写しになる。特に本作はアメリカのトランプ大統領の移民排除政策が、エンタメ活劇として皮肉を込めて描かれる。アメリカとメキシコの国境で拘留された移民たちを救うため、左派の過激派グループ「フレンチ75」が拘置所を襲う。革命戦士の女性ペルフィディア(テヤナ・テイラー)は、同志パット(レオナルド・ディカプリオ)らと拘置所に踏み込むと、指揮官の軍人ロックジョー(ショーン・ペン)に銃を突きつけ、移民たちを解放した。この革命軍とロックジョー率いる政府軍との争いがベースとなるのだが、PTAらしいところは、この政治的な戦いに個人の性的欲望を物語に入れ込むのだ。ショーン・ペン演じるロックジョーは黒人女に欲情する。革命戦士のペルフィディアに欲望を抱き続けたロックジョーは、ペルフィディアを自分の女として囲い、妊娠させ、「フレンチ75」のメンバーの居所を次々と密告させ、組織を壊滅状態にするのだった。映画は、この革命組織と政府軍の戦い、そしてペルフィディアの母親としての人生を描いていくのかと思いきや、母親は後景に退き、革命組織から遠ざかり、クスリ漬けの自堕落な日々を送る中年男ボブ(レオナルド・ディカプリオ)が娘ウィラ(チェイス・インフィニティ)を守る物語が中心になっていくのだった。
16年後、白人至上主義の秘密組織に入ろうとするロックジョー(ショーン・ペン)は、黒人との過去の異性関係と、その子供の存在を抹消するために、再びボブと娘のウィラを探し出そうと動き出す。世界を変えるという情熱も消え失せた、ただの冴えない中年男ボブが、追手から逃げ回り、娘の無事を祈って探し回る。血のつながっている父のショーン・ペンは、遺伝子的に自分の娘であることを確認し抹殺しようとするが、血のつながらない父は娘を守ろうと必死になる。パターナルな父権主義的な暴力を扱ってきたPTAは、今回は宗教のカリスマ(『ザ・マスター』)でも性の伝道師(『マグノリア』)でもポルノスター(『ブギーナイツ』)でもない、黒人女に欲情する白人主義者という性的変態野郎をショーン・ペンに演じさせ、徹底的にコケにしている。車の転倒事故から不死身の男のように立ち上がったロックジョーの最期を、あんな風な死なせ方をわざわざ描いてみせる痛烈な皮肉が笑える。人種差別主義者の哀れで滑稽な末路がショーン・ペンの傷だらけの醜い顔とともに印象に残った。そして、「世界を変える」という思いは、母から娘へ、次世代に託して映画は終わる。ただし、極左の革命組織の硬直性は、合い言葉のバカバカしいやり取りで皮肉を込めて描かれており、どちらかの陣営を擁護するような政治的な映画ではない。あくまでも親子の愛を描いたエンタメ活劇に徹している。
長いアップダウンのある直線道路での車3台の追走劇は見応えがあった。劇番のジョニー・グリーンウッドのリズムを刻む音楽も見事にハマっていた。娘のウィラを演じた諦めない母譲りの戦士チェイス・インフィニティが魅力的に描かれており、父との再会シーンは感動的ですらあった。
レオナルド・ディカプリオはPTAとの対談で「一番の後悔は『ブギーナイツ』に出演しなかったことです」と言っていたらしい。デカプリオは『ブギーナイツ』のオファーを断わった経緯があるという。年齢を重ねて、いい感じのディカプリオを見ることが出来た。多くの人が楽しめるだろうエンタメ映画である。
本作はディカプリオが実は何の役にも立っていないところが面白い。ただ娘を心配してオロオロと走り回っていただけだ。何も役に立たなかったけど、ひたすら必死で走り回る冴えないディカプリオに人々は共感するのだろう。
2025年製作/162分/PG12/アメリカ
原題または英題:One Battle After Another
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
製作:ポール・トーマス・アンダーソン、アダム・ソムナー、サラ・マーフィ
製作総指揮:ウィル・ワイスク
撮影:マイケル・バウマン、ポール・トーマス・アンダーソン
美術:フローレンシア・マーティン
衣装:コリーン・アトウッド
編集:アンディ・ユルゲンセン
音楽:ジョニー・グリーンウッド
キャスト:レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、レジーナ・ホール、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ、ウッド・ハリス、アラナ・ハイム
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写真引用(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
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