韓国の映画監督のイ・チャンドンは、ウェキペディアによると、1954年生まれ、1981年から1987年まで教師生活を送り、1983年に小説「戦利」を発表し、東亜日報新春文芸賞を受賞した。つまり小説家としてデビューし、1997年の本作が映画デビュー作となる。
タイトルにある「グリーンフィッシュ」は、最後に主人公マクトン(ハン・ソッキュ)が殺される前に、兄にかけた最後の電話の話で出てくる、赤い鉄橋の下に兄弟たちでよく行った小さい頃の魚捕りの思い出。グリーンフィッシュを捕りに行ってサンダルをなくしてみんなで探し、兄の尻がハチに刺されたことを泣きながら語る。家族みんなで食堂をやりたいという夢を持つ兄たち家族への思いをこの電話のシーンで表現しているのだが、やや唐突に「グリーンフィッシュ」という言葉が出てきた印象があり、その意味合いは伝わりづらい。それよりも、最初のタイトルバックで出てきた小さい頃の白黒写真、自宅にあった大きな木の写真をヒロインのミエ(シム・ヘジン)がマクトンからもらい、最後の食堂に食べにきたシーンで、マクトンの実家の店だと分かって泣き崩れる場面に、象徴的な大きな木が使われている。川向こうの高層ビル群がまだない頃の風景の変化とともに、家族の懐かしい良き思い出が古い写真に生かされている。ミエがこの写真をなぜマクトンからもらったのか、やや強引な展開だったが、「大きな木」を象徴的に使っているほうが映画的だ。台詞の「グリーンフィッシュ」は小説的だが、「大きな木」は映像として印象に残るからだ。イ・チャンドンは、のちに『オアシス』(2002)で、「木」を上手に使っていた。脳性麻痺の女性への愛のために、男が最後に女性の不安の象徴である窓の外の「木」を切る感動的な場面があった。イ・チャンドンは、なにか「木」への特別な思いがあるのかもしれない。
さてこの映画は、兵役を終えて仕事もないマクトン(ハン・ソッキュ)という真面目で勝ち気な青年が、ヤクザの仲間に引き込まれ、出会った女がボス(ムン・ソングン)の情婦で、最後は殺されてしまう物語だ。最初の列車での出会いのシーンはいい。車両からあんなに身を乗り出して危険じゃないのか?と思うが、風に当たっている女とそれを見つめる男。走る列車と山並みと風。そして翻る女の赤いスカーフが飛んできて男の顔に被さる。女がチンピラに絡まれているのを救い、ボコボコにされるマクトン。列車の鏡で自分の傷を確認しているシーン(写真)があるが、この映画では何度も鏡が出てくる。マクロンは、鏡を見ながら何度も自分自身の存在を確認しているようだ。マクトンがトイレで敵のボスを殺すシーンも、鏡で相手の姿を確認し、殺した後も顔を洗いながら鏡に映る自分を見る。最後に死ぬ場面は、よろよろと車の前まで来て、フロントグラスに顔を押しつけて果てる。自分を最後まで見つけられなかったのか?
マクトンがなぜボスのために、敵対するボスを殺さなければならなかったのか?そこまでの義理があったのか?廃屋のビルの屋上で、多くの代償を払いながらのし上がってきたボスの身の上話を聞きながら、マクトンは最後に何を言われたのか?ロングショットのなかで二人のやり取りは描かない。屋上で立ち尽くすボスを見上げるマクトンが描かれ、思い出の赤いスカーフを焼く場面があるばかりである。タバコの火の明かりだけの闇のなかで、マクトンがボスに刺される場面も詳細を描かない。ラストの実家の食堂がボスからの見舞金によってマクトンの夢が叶えられたかどうかも、映画は詳細を明かさない。そういう余白を作る演出はうまくいっている。それが後の作品『ペパーミント・キャンディー』(1999)、『シークレット・サンシャイン』(2007)、『ポエトリー アグネスの詩』(2010、『バーニング』(2018)などでも生かされており、イ・チャンドン監督の非凡さを物語る。
兄の一人が障害者だったりするのは『オアシス』との共通点でもあるが、母の誕生日に家族みんなが集ってのピクニックのシーンでは、幸福な家族の姿は描かれない。兄弟喧嘩が始まり、一族のなかも揉め事ばかりだ。そんなとき、マクトンは家族のまわりを車でグルグルと走り回る。面白いシーンだ。『ペパーミント・キャンディー』でも男が酔って自転車で店の前をグルグルと回るシーンがあった。イ・チャンドンは、ぐるぐると回ったり、鏡で自分を何度も見たりしながら、自分や家族を見つめ、どうにもならない自分と向き合い続けているのかもしれない。『シークレット・サンシャイン』にも出ていたソン・ガンホがチンピラの一人で出ている。
1997年製作/111分/G/韓国
原題または英題:Green Fish
配給:JAIHO
監督・脚本:イ・チャンドン
製作:コ・キュンドン
撮影:ユ・ヨンギル
編集:キム・ヒョン
音楽:イ・ドンジュン
キャスト:ハン・ソッキュ、シム・ヘジン、ムン・ソングン、ソン・ガンホ
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