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2025年09月24日17:21

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2025夏ドラマ総括〜「ぼくほし」は弱者を肯定するドラマ〜

夏ドラマが終わった。

*『しあわせの結婚』(大石静脚本/テレビ朝日)

この夏、最も注目だった『しあわせの結婚』は、「股関節の女」こと松たか子に出会ったがために振り回され続ける男、独身主義だった弁護士・阿部サダヲの変転する人生と奇妙な家族と夫婦の物語だった。第一回の松たか子演じる鈴木ネルラ(松たか子)があまりにも強烈で、意表を突いていて面白かっただけに、その後の展開が期待された。しかし結局、一回目が一番面白かったように思う。サスペンス仕立てでネルラの恋人(玉置玲央)の死の真相を引っ張りにしつつ、刑事の杉野遥亮を中途半端に介入させ、段田安則、阿部たかし、板垣李光人、そして亡くなったネルラの死んだ弟の奇妙な家族愛が描かれた。特に家族の食卓の描写が何度も登場した。ネルラ(松たか子)の脚を広げるクセのある寝相と死んだ恋人の階段での姿はなんだかソックリで、彼の絵をネルラが正確に模写したことから、恋人は何かを失っていった。ネルラがいかに危険な女なのかがもう少し描かれていたら、もっと面白くなっていたのかもしれない。家族の食卓の風景を反復しつつ、家族愛と法の正義の間で揺れる阿部サダヲ、そしてありのままのネルラをすべて受け入れる夫婦愛でドラマは閉じられた。もっと奇妙でヘンなドラマにして欲しかった。

*『僕達はまだその星の校則を知らない』(大森美香脚本/フジテレビ)&『あんぱん』(中園ミホ/NHK)

『しあわせな結婚』が尻つぼみに終わったのとは逆に、尻上がりにどんどん面白くなったのが『ぼくほし』である。石井裕也の『月』という映画で、相模原市の障害者殺傷事件の犯人役を演じた磯村勇斗が、感受性豊かでヘッポコなスクールロイヤーを演じていた。磯村勇斗の役者としての魅力が広がったドラマと言えるだろう。「独特の感性を持つがゆえに何事にも臆病で不器用な主人公が、少子化による共学化で揺れる私立高校にスクールロイヤー(学校弁護士)として派遣され、法律や校則では簡単に解決できない若者たちの青春に、必死に向き合っていく学園ヒューマンドラマ」である。ヒロイン役の先生・堀田真由が大の宮沢賢治ファンで、磯村勇斗もまた賢治という役名。宮沢賢治の宇宙観、世界観がそのままドラマに描かれ、色や匂い、「ムムス」など独特の言葉を放つ磯村勇斗とそんな彼をやさしく見守る堀田真由に宮沢賢治の世界が反映されている。

白鳥賢治(磯村勇斗)という主人公は、独特の感性と世界観を持つがゆえに、学校を拒否し引きこもりになり、社会から逃げ出し、自分の世界に閉じこもって生きてきた。いわば社会的弱者である。法律の勉強を独自にして弁護士という資格を得たが、社会性に乏しいキャラクターは、仕事ではマイナスでしかない。そんな彼がスクールロイヤーになって、学校内の生徒たちの問題や事件に向き合うことによって、「ほんとうのさいわい」とは何かを探し続ける物語だ。ドラマというものは、たいてい理不尽な敵や上司、会社や権力、システムに立ち向かっていくことが描かれる。まわりの理不尽さに泣き寝入りすることなく「戦う」ことはいつも奨励され、人々に勇気を与える。しかし、このドラマの主人公・白鳥賢治は「戦う」ことを苦手としている。弁護士として「法」に則って戦うことも苦手なのだ。スクールロイヤーという新しい立ち位置の弁護士を描きながら、「法」を武器にして戦うことはしない。「法」がすべて正しいとも描かれていない。「惑星の軌道みたいに秩序があって美しかった」という法の世界に魅了されて弁護士になった賢治だが、この社会はそんな「美しい秩序」では動かなくて、欲得や忖度、嘘や悪意、虚飾にまみれている。生徒から感謝をされて初めて賢治は、「あぁ〜、どうやらぼくはうれしいようです。はぁ、人に喜ばれるということは、こんなにもうれしいことなんですね。いま、少しだけ自分が宇宙の一部になってる気がします。あ〜、きれいですね。風が透き通って美味しそうだ」と実感する。「どうして私は私の体を黙ってイタチにくれてやらなかったろう」という宮沢賢治の世界観は、「人のさいわいのために出来ること」、「利他の精神」に「ほんとうのさいわい」ヘの道があると伝えている。

この「敵をやっつける」という「正義こそが正しい」世界観に疑いを持ち、「逆転しない正義」を探し続けたのが、「アンパンマン」の作者やなせたかしであった。NHK朝ドラ『あんぱん』が間もなく終わるが、「戦争でひっくり返った正義」を体験し、敵である中国人を殺し、その敵も一人の人間であり、家族を持ち愛する子供がいたことを知る戦争の加害責任、「愛国の鑑」として全体主義に飲み込まれた悔恨、中国人の子供を我が子のように可愛がりつつ、親の仇として殺された父への思い、そんな戦争の理不尽さを丁寧に描いていた『あんぱん』は、宮沢賢治の世界観を通じて『ぼくほし』とつながっていた。だからこそ、お腹を減らし困っている人たちに自分を顔を食べさせて助けるというグロテスクとも言えるカッコ悪いヒーローを作り出したやなせたかしもまた、弱者に寄り添い続け、「正義」を疑い続ける人だった。悪役であるバイキンマンは、倒されるべき敵ではなく、人間にとって必要悪でもあるバイ菌のように、共存すべき悪役なのだった。

『ぼくほし』ドラマに話を戻せば、このドラマは白鳥賢治が色や匂いや風や星の輝き、その宇宙の世界を大切にするように、台詞以外の空気感の描写が丁寧だったことに好感が持てた。とくに生徒たちと一緒にみんなで夜通しの夏の天体観測をした場面の幸福な空気感、磯村勇斗と堀田真由が語り合う場面などは、まるで「宇宙の一部になったような」な多幸感に溢れていた。生徒たちがそれぞれに輝く星たちで、学校が生命体のように感じられるような場所であれば、少しは学校も居心地がいいのかもしれない。最後にヨルシカの「修羅」という主題歌が、ドラマの世界観を見事に表現していたこともまた成功した理由だろう。

*『照子と瑠衣』(大久明子脚本・演出/NHK)
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の大九明子が作・演出を手がけたテレビドラマ。女性映画の名作『テルマ&ルイーズ』にオマージュを捧げるように、70代に突入した二人の女性(夏木マリ&風吹ジュン)の「自由」を求めて旅立つささやかな冒険物語だ。大きな波乱や犯罪もなかったが、サンダーバードの主題歌を取り入れた遊びがあったり、「世の中には2種類の人間がいる。弾の入った銃を持つ奴と地面を掘る奴だ」という『続・夕陽のガンマン』の有名な台詞が、「世の中には2種類の人間がいる。お握りを握る人間と握らない人間だ」と岡野陽一によってパロディのように繰り返される。そんな大久明子演出の遊び心が楽しかった。劇中で歌われる夏木マリの歌も魅力の一つだったし、最終話の若者たちの物語へとシフトしていたのが良かった。人を縛り付けるものはすべて「バカヤロー!」なのだという清々しい終わり方は見事だった。

*その他
・『ひとりでしにたい』(カレー沢薫原作・大森美香脚本/NHK)
コミカルなテンポで楽しく終活と老後の問題描いた。 綾瀬はるかのコメディエンヌぶりが見事。
・『こんばんは。朝山家です。』(足立紳脚本/朝日放送)
家族内の喧嘩が延々と描かれ続けるのだが、自分の価値観を子供に押しつけてしまう身勝手さは、誰もが思い当たるところ。 子役の 嶋田鉄太が良かった。
・『ちはやふるーめぐり』(日本テレビ)
 青春ドラマの王道。上白石萌音、當真あみ、原菜乃華など出演陣が初々しかった。
・『誘拐の日』(キム・ジェヨン原作・丑尾健太郎脚本/テレビ朝日)
斎藤工が情けない男を好演。後半展開が失速ぎみだった。
・『19番目のカルテ』(富士屋カツヒト原作・坪田文脚本)
 田中泯の 存在感で引っ張る。病気ではなく、人を診る「総合診療専門医」の可能性 を示す。


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