学生の頃、頭を悩ませながら見たルイス・ブニュエル作品。もう一度見直してみようと思い、まず有名な作品から見た。『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』。なんという馬鹿馬鹿しくナンセンスで笑うしかない人を食ったような映画だろうか。さすがブニュエルである。「愉しみ」という欲望が徹底的に宙吊りにされる。食欲と性欲が何度も何度も邪魔が入って中断されるのだ。まさにコメディだ。頭を悩ますような映画ではない。バカみたいな人間たちの欲望を笑って見ればいいのだ。ルイス・ブニュエルには『皆殺しの天使』という屋敷からなぜかみんなが出られなくなる不条理を描いた傑作があったが、あの感覚に近いナンセンスな不条理喜劇だ。なにせ、食事をしようと思ってあちこち行って、何度集っても、なかなか食事にありつけないんだから。
ある日、セネシャル夫妻からディナーに招かれたラファエル(フェルナンド・レイ)、デブノ夫妻(ポール・フランクールとデルフィーヌ・セイリグ)、それとデブノ夫人の妹フローランス(ビュル・オジエ)がセネシャル邸を訪れると、夫のアンリ(ジャン=ピエール・カッセル)が不在なだけではなく、アリス夫人(ステファーヌ・オードラン)は寝間着姿。食事の用意もされていない。「約束は明日じゃなかったの?」と日付の食い違いがあり、「それじゃあ、近くのレストランに行こう」とみんなで行くと、お客はいなくてなんだか静かな雰囲気。なんと店の主人が今朝亡くなったと言うことで、レストランの奥の部屋で葬儀の真っ最中。遺体が横たわっているのだ。それなのに客に食事を給仕しようとする店の人たち。なんとも呆気にとられるスタートだ。この映画は、「そんなバカな」という展開が次々と起こるのだ。
フェルナンド・レイ演じるラファエルは、南米のミランダ共和国(架空の国)の駐仏大使。外交特権を利用して、コカインの密輸に関わっているらしく、友人のデブノ(ポール・フランクール)とセネシャル(ジャン=ピエール・カッセル)も利権を共有しているようだ。そしてラファエルは、いきなり大使館前の女の犬の玩具にライフルを発砲する暴挙に出る。どうやらミランダ共和国のテロ組織に狙われていると言うことらしい。もう行動がメチャクチャなのだ。
そして再びセネシャル邸にやって来た一行だが、今度はセネシャル夫妻が2階の部屋でセックスをしようとしている。お客が来ているというのに、欲望が止まらない。ステファーヌ・オードランの迫り方が凄くて笑える。そして「君の喘ぎ声は大きい」からここじゃダメだと言って、2階の窓から庭に降りて、庭の草むらの陰で始めるのだ。もう、動物のような滑稽な性欲。「2人が部屋から出て行った」と召使から聞いた男たちは、コカイン密輸のことがバレて逃げたんだと早合点して、屋敷から逃げ出す。そこへ今度は、この地区の司教だという男がやって来て、庭師をやりたいと言い出す。セネシャル夫妻は、庭師の恰好だと司教だと信じない。司教も服装だけで判断されるという滑稽さも描かれる。
こんな風にストーリーは馬鹿馬鹿しいほどご都合主義でメチャクチャだ。アリスとデブノ夫人、フローランスの3人が店に入って紅茶を注文すると、「紅茶は品切れ」、「コーヒーも品切れ」と何も飲めない。するとヘンな若い軍人がやって来て、勝手に自分の生い立ちの不思議な出来事を語り出す。死んだ母の幽霊が出てきて、父を毒殺したという話だ。3人の女性たちにはなんのつながりもない話が、いきなり語られるのだ。さらに、フェルナンド・レイとデルフィーヌ・セイリグが浮気をしようとすると、夫のポール・フランクールがいきなり訪ねてきてセックスが出来なくなり、その動物並みの抑えられない性欲が馬鹿馬鹿しいのだが、その欲望の成就に邪魔が入ることが反復されるのだ。
その後やっとセネシャル邸で晩餐が始まったかと思うと、今度は軍隊の一団が明日から演習が始まると言って挨拶にやってくる。そんな軍隊の一団を酒と食事でもてなそうとする夫人もまたバカげているのだが、演習が始まったと言って急に席を立つ大佐なのに、伍長が見た夢の話をみんなで聞くのだ。それも死んだ友人の幽霊と死んだ母親が出てくる話だ。どんだけ幽霊が好きなんだ、という感じだ。
さらに大佐の晩餐に呼ばれた一行が、いきなり劇場の舞台の上にいて、客席が自分たちを観ている。そして台詞を言わなくちゃならないという奇妙な夢や、大佐とラファエルがミランダ共和国のことで言い争いになり、ラファエルが大佐を撃ち殺す夢が出てきたりもする。そして警察のガサ入れがあって、コカイン密輸容疑で全員が留置所に拘留され、警察に伝わる奇妙な血だらけの幽霊が現れたり、ピアノの拷問があったり、司教が瀕死の病人の懺悔を聞いたら、自分の両親を殺した男だとわかり、いきなり銃で殺してしまうエピソードなどもある。幽霊、殺人、もうなんでもアリである。最後は、何度目かのセネシャル邸での食事中に、ミランダ共和国のテロ組織の一味が乱入し、機関銃で全員皆殺し。机の下に隠れていたラファエルが一人で肉を食べているという夢から冷めて、冷蔵庫の肉とパンをやっと食べられるところで終わり。最後は、何度か出てくる何もない田舎の道を歩く一行が映し出される。彼らは食べ物を求めて、ただただ歩いているようだ。まさに目的も意味もなく欲望の赴くままに歩いているだけのような人生というわけか・・・。傑作である。
1972年製作/102分/PG12/フランス
原題または英題:Le charme discret de la bourgeoisie
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
監督:ルイス・ブニュエル
製作:セルジュ・シルベルマン
脚本:ルイス・ブニュエル、ジャン=クロード・カリエール
撮影:エドモン・リシャール
美術:ピエール・ギュフロワ
衣装:ジャクリーヌ・ギュイヨ
編集:エレーヌ・プレミアニコフ
キャスト:フェルナンド・レイ、ポール・フランクール、デルフィーヌ・セイリグ、ビュル・オジエ、ステファーヌ・オードラン、ジャン=ピエール・カッセル、ジュリアン・ベルトー、ミレナ・ブコティッチ、マリア・ガブリエラ・マイオーネ、クロード・ピエプリュ、ミュニ、ミシェル・ピッコリ
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