内田吐夢監督といえば『飢餓海峡』(1965)が有名だが、『大菩薩峠』シリーズ、『宮本武蔵』シリーズなど時代劇大作のイメージも強い。また古典芸能四部作と言われるこの『暴れん坊街道』(1957)、『浪花の恋の物語』(1959)、『妖刀物語 花の吉原百人斬り』(1960)、『恋や恋なすな恋』(1962)もある。初期の内田は無声映画の喜劇から始まり、「傾向映画」と言われる階級の差別を描いた『生ける人形』(1929)などを作った。その後、満州に渡り満州映画協会に入り、終戦後に中国で7年も抑留されるなど、その生涯は波瀾に満ち溢れたものだった。人間と社会との向き合い、その差別意識や社会的弱者を描き続けた映画監督とも言われている。
本作は近松門左衛門の名作浄瑠璃「丹波与作待夜小室節」、いわゆる「重の井子別れ」の映画化。脚本は依田義賢。別れ別れになった親子の人情ものの悲劇である。タイトルから「暴れん坊将軍」が連想され、どれだけの暴れん坊が馬に乗って登場するのかと思いきや、街道で馬方の少年・三吉の馬に乗るのは、しょぼくれた浪人・与作、佐野周二だった。佐野周二の時代劇というのも初めて見た。最初にも与作は登場するのだが、彼の行く手の門は次々と閉じられる。家老稲葉幸太夫の娘重野(山田五十鈴)と恋仲になり男の子が生まれたが、不義を問われて城を追放された。愛しい重野や幼な子にも会えず、流浪の旅に出ていたのだ。そして城内では姫君が生まれ、重野は乳母になる。母子は縁を切るように父から言われ、重野は愛しい我が子に守り袋を待たせ、生き別れとなるのであった。それから十余年。男の子は三吉と名乗る馬方になっていた。ませた生意気なガキの三吉は、片岡千恵蔵の長男の植木基晴が演じている。これがなかなか芸達者で、子供なのにタバコをふかし、口もよくまわる。大人のように馬方として自ら働いて稼いで暮らしているのだ。与作と三吉は本当の親子なのに、お互いそれも分らず親子のように仲良くなっていく。宿場で三吉が姉のように慕う小まん(千原しのぶ)と与作が恋仲になり、三吉は3人で暮らせたらと思い描くようにまでなる。
ところが小まんが父の借金の五両に苦慮し、三吉が小まんのために盗みを働いてしまうのだ。丹波由留木家の行列がこの宿場を通り掛り、駄々をコネる幼い姫を道中奴六で喜ばせた三吉は姫のお相手を仰せつかる。そして三吉が持っていた守り袋から我が子と知った重の井こと重野(山田五十鈴)は驚愕。母と名乗れぬ身の上だが、三吉も母だと分ってしまう。五両、金を貸してくれと三吉は母に頼むが、子供がそんな大金をどうするのか理由を言わないため、重野も金を渡さない。そして、母を恨んで守り袋も川に投げ捨て、三吉は姫の寝室から錦袋の守り刀を盗み、金五両に代えて小まんに渡すのだ。事情を知った与作(佐野周二)は、三吉が自分の生き別れた息子だと知る。小刀を金に換えた馬子の親方のところに行くが、褒美目当ての親方は刀を渡さない。与作は揉み合いとなり、親方を殺してしまう。盗みは三吉の仕業だとわかり、刀の在りか言わない三吉は囚われ殺されそうになるところに、与作が本陣の玄関で切腹。三吉も与作が実の父だと死んだ後に初めて知る。生き別れた母と息子、そして父と母と息子の3人が再会できたというのに、運命のすれ違いで父の死で終わる。涙を流し悲嘆に暮れる母・山田五十鈴からクレーンアップしながら、果てた父・佐野周二に泣き縋る息子、そして小まん(千原しのぶ)も含めた残酷な親子の運命の皮肉を俯瞰ショットの映像で見せる。
冒頭の屋敷で生まれた子に守り袋を渡して別れを告げる山田五十鈴のヨリのショットはなく、引きの画面の後ろ姿ばかりだ。しかし、後半の母と息子の再会以降、山田五十鈴のアップは頻繁に入り、小刀を盗んだ犯人が息子だと知れた驚きのアップが印象的だ。引き裂かれた親子の悲しみの再会を映像でしっかり描写している。
1957年製作/95分/日本
配給:東映
監督:内田吐夢
脚色:依田義賢
原作:近松門左衛門
企画:玉木潤一郎
撮影:吉田貞次
美術:鈴木孝俊
音楽:深井史郎
録音:中山茂二
照明:和多田弘
キャスト:佐野周二、山田五十鈴、植木基晴、千原しのぶ、毛利菊枝、薄田研二、松浦築枝、藤井珠美、高堂国典、堀正夫、進藤英太郎、高松錦之助、岡島艶子、吉田義夫
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写真引用

東映
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