篠田正浩監督の代表作とも言えるだろう。この時代の日本映画は尖っていた。前衛的な表現に果敢に挑戦していた時代だ。近松門左衛門の人形浄瑠璃を元に、富岡多恵子、武満徹、篠田正浩が脚色。スタジオの書き割りのアート的背景が舞台セット。黒子がそのまま登場し、役者たちの後ろで黒子が動く。あるいはセット転換もする。篠田正浩が松竹を出て立ち上げた独立プロの表現社とATGの共同製作。この時代、ATG映画は低予算ながら、多くの前衛的な映画を製作し、配給した。
「心中天網島」の物語は以下の通り。
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大阪天満御前町の紙屋治兵衛は、女房子供のある身で、曽根崎新地紀伊国屋お抱えの遊女小春と深く馴染み、情死のおそれもあった。これを案じた治兵衛の兄粉屋の孫右衛門は、武士姿に仮装し、河庄に小春を呼び出した。孫右衛門は、小春に治兵衛と別れるようさとし、その本心を問いただした。小春は治兵衛と死ぬ積りはないと言った。折から、この里を訪れていた治兵衛は二人の話を立聞きし、狂ったように脇差で斬りこんだ。だが、孫右衛門に制せられ、両手を格子に縛られてしまった。そこへ恋敵の太兵衛が通りかかり、さんざん罵り辱しめた。これを聞きつけた孫右衛門は、表に飛びだし太兵衛を懲しめ、治兵衛には仮装を解いて誡めた。治兵衛は目が覚めた思いだった。そして小春からの起請文を投げかえして帰った。数日後、治兵衛は太兵衛が小春を身請けするとの噂を聞いた。悔し涙にくれる治兵衛。これを見た妻のおさんは、始めて小春の心変りは自分が手紙で頼んでやったことと打明けた。そして、小春の自害をおそれ、夫をせきたてて身請けの金を用意させようとした。おさんの父五左衛門が娘を離別させたのはそんな折だった。それから間もなく、治兵衛は小春と網島の大長寺で心中した。(映画.comあらすじ)
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岩下志麻が遊女の小春と妻のおさんの二役をやっている。おさんが小春に「夫を助けてくれ」と手紙を書いたことによる女同士の約束がポイントになっている物語だ。好きな男と生きられない遊女に生まれた女の哀しさと、夫が遊女と心中しようとしていて幼子を抱えて残される妻の哀しさが二重に描かれているので、岩下志麻の二役は見事にハマっている。
面白いのは、小春が持っていた妻おさんからの手紙を孫右衛門が見つけたとき、岩下志麻と孫右衛門演じる滝田裕介がストップモーションになって、黒子がカメラに向かって手紙を見せるところがある。手紙のヨリを撮影するのではなく、カメラは動かず、黒子が手紙をカメラ前に持ってくるのだ。あるいは、心中シーンで治兵衛が小春を刀で殺したあと、丘の上の鳥居で首をくくるシーンがあるのだが、その鳥居のセットも黒子たちが持ち込んで建てたあと、鳥居に首をくくる布をかけるのを黒子が手伝うのだ。
すべてが作り物であることをハッキリと見せた上でのフィクションだ。それでも心中を前に二人が最後に抱き合う夜の墓場シーンは、冬の戸外で撮影したらしく、二人が台詞を言い合う息が白く、極寒の撮影であったことが想像させられる。墓場でのセックスシーンも真に迫ったものだ。フィクションを真剣に演じているというドキュメンタリー的要素が垣間見える。映画のオープニングは、浄瑠璃の楽屋裏で電話でロケの打ち合わせをしているドキュメンタリー的シーンで始まるのだ。虚と実が入り混じり合いながら、男と女の情念の果ての究極のエロスを描いている。演じている小春がどこか浄瑠璃の人形のようにも見えてくる。美術の栗津潔の仕事、カメラは成島東一郎、音楽は武満徹、そして篠田正浩と岩下志麻、中村吉右衛門。すべての才能が結集しての作品だ。
1969年製作/103分/日本
配給:ATG
監督:篠田正浩
脚色:富岡多恵子、武満徹、篠田正浩
原作:近松門左衛門
製作:中島正幸、篠田正浩
撮影:成島東一郎
美術:栗津潔
音楽:武満徹
録音:西崎英雄
キャスト:岩下志麻(二役)、中村吉右衛門(2代目)、小松方正、滝田裕介、藤原釜足、加藤嘉、河原崎しづ江、左時枝、日高澄子、浜村純、土屋晋次、戸沢香織、赤塚真人、上原運子、陶隆司、牧田正嗣、天井桟敷
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2005表現社
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