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2025年08月07日20:33

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「その夜の妻」小津安二郎〜無声映画時代の小津の犯罪サスペンスもの〜

小津安二郎のトーキー以降の映画はほとんど見直してレビューに書き起こしたが、無声映画についてはまだまだ見ていないものがある。これは病気の子供の治療費を工面するために強盗に押し入った男とその男を追う刑事、さらに夫を刑事から匿うその夜の妻がサスペンスタッチで描かれる。アメリカの暗黒街映画のようにピストルが出てくる小津の異色作だ。似たような作品として『非常線の女』(1933)がある。

冒頭は夜のビル街。コンクリート造りの重厚な建物が並んでいる。帝都の夜を見回りをする警官。光と影。この映画では、ふんだんに移動撮影が使われている。初期の小津映画は移動撮影が比較的多い。左右だけではなく、前後にもカメラは動く。そして警察に電話している男が引き倒され電話線が外れると、ピストルの銃口のアップが映り、帽子を被り、口元を布で隠した男(岡田時彦)がピストルを持って立っている。ガラス越しのシルエットや男とのもみ合い、縄で縛られた男たち。まさに犯罪映画として始まり、夜のビル街を逃げる男と警官たちとの追走劇が展開される。ビルに映る男の影が効果的に使われている。手のアップや足下のアップなど、小津映画にしては細かいカットが多く挿入されている。一方、その夜の男の自宅では、妻(八雲恵美子)が病気の娘を看病していて、医者(斎藤達雄)が今晩が山場だと告げている。自宅は和室ではなく、洋室であり、映画のポスターがあったり、英語の文字が壁に書かれていたりするオシャレな部屋が横の移動撮影で描写される。ポスターにウォルター・ヒューストン(ジョン・ヒューストンの父親)というアメリカ俳優の名前もある。男は絵描きかポスター描きかデザイナー?ペンキや絵筆なども部屋に置いてある。娘はベッドに寝ている。

男がタクシーで警官から逃げて家に帰ってくると、すぐに家をノックする音が。男がカーテンの陰に隠れると、男を乗せてきたタクシー運転手は実は刑事(山本冬郷)で、男を追いかけてきたのだ。そんな刑男を妻が夫の持っていたピストルで脅し、刑事からピストルを奪い、妻がピストルを両手に持って刑事を見張り続けることになる。女がピストルを構えるのは『非常線の女』の田中絹代と同じだ。その間に男は娘の看病をする。

夜も更けて、毎晩の看病で疲れていた妻は寝てしまい、再び刑事にピストルを奪い返されてしまう。しかし朝まで男の逮捕は待つと刑事は言う。朝方、医者がやって来て娘の病気は峠を越えたことを告げる。ほっとする夫婦。自首することを決めていた夫だが、ふと見ると刑事が寝入っている。夫は再び家を出て逃げていく。刑事は夫婦の必死な看病姿にほだされたのか、「決して犯人を見逃したわけじゃない」と言って帰ろうとするところに、夫が戻ってきていた。刑事が帰る姿からカメラがドーリーバックすると、夫の後ろ姿がそこにある。「もう逃げようというバカな考えは捨てちまったよ」と夫は言い、刑事と二人、家を出て行くのだった。見送る妻と元気になった娘。刑事と男はともにタバコを吸い、帽子を被り、娘に手を振る。そして刑事もまた娘に手を振るのだ。同じような相似形の二人。まるで友達同士のように。犯人と刑事、男二人はビルの向こうへ連れだって歩いて行く。

前半は夜のビル街での追走劇のアクション。後半は室内でのピストルでの脅し合いのサスペンス。夜も更けて眠りとともに対立のサスペンスの緊張は氷解し、刑事と犯人の間に同調が生まれる。アメリカ映画の影響を大きく受けた小津安二郎は、こういうサスペンス映画もやりたかったのだろう。岡田時彦は岡田茉莉子の父。無声映画時代の代表的な二枚目俳優だ。ハリウッド俳優のルドルフ・ヴァレンティノに因んで「和製バレンチノ」として売り出された。小津映画では、『お嬢さん』、『淑女と髯』、『東京の合唱』、『美人哀愁』に出演している。


1930年製作/66分/日本
配給:松竹

監督:小津安二郎
原作:オスカー・シスゴール
脚本:野田高梧
撮影:茂原英雄
キャスト:岡田時彦、八雲恵美子、斎藤達雄、山本冬郷
☆☆☆3
(C)1930松竹株式会社
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