1934年(昭和9年)の松竹蒲田作品・モノクロ無声映画の『浮雲物語』は、1959年のカラー作品『浮草』のオリジナル版である。物語の骨格はほとんど同じ。中村鴈治郎演じた嵐駒十郎の旅芸人一座が、喜八(坂本武)率いる旅芸人一座になっている。『出来ごころ』(1933)に次いで坂本武が喜八という名の主人公を演じた第2作。これに次いで『東京の宿』(1935)とともに〈喜八もの〉と呼ばれている。アメリカ映画に傾倒していた小津が、米作品『煩悩』(1928年)を下敷きにした作品。原作のジェームス・槇は小津安二郎のペンネーム。
舞台は『浮草』の志摩半島の港町ではなくて、信州の田舎町の設定。船ではなく、夜行列車で駅に旅一座が着く場面から始まる。だから夏の青空も海もない。夜にひっそりとやってくる感じだ。一座がやって来てチラシを撒いて子供たちが付いてくるところは同じだが、三井弘次、潮万太郎、田中春男の役者3人組のコメディ的要素はない。喜八(坂本武)が小料理屋の女(飯田蝶子)に生ませた子ども(三井秀男、のちの三井弘次)との再会を楽しみにこの地にやって来て、喜八と連れ添ってきた女おたか(八雲恵美子)が嫉妬し、若い女優おとき(坪内美子)に息子を誘惑させる話を中心に全体を凝縮させた形だ。他の一座のメンバーはあまり登場しない。ただ、子役の突貫小僧の出番は多く、コメディ的要素を担っている。舞台での犬役を忘れて喜八に叩かれたり、猫の貯金箱を盗まれそうになって寝るときも大事に抱えていたリ、一座解散時の涙やラストの駅の停車場で寝ている場面など、最後までちょこちょこと登場している。
また坂本武と三井秀男の親子の場面は、『浮草』であったように一緒に釣りをし、部屋に上がって将棋をするのは同じだが、より二人の関係が丁寧に描かれている。釣りは海ではなく川釣りになっており、竿を一緒に振って流す二人のアクションがシンクロする。この川釣りのアクションのシンクロと反復は、『父ありき』(1942)での父子釣りシーンが有名だが、ここでも既にやっていたことがわかる。小津は好きなパターンは反復するのだろう。息子の三井秀男はまだ学生で、自転車で学校に通っている。将棋のシーンで面白かったのは、二人ともトウモロコシを齧りながら将棋を指しており、息子の学帽を坂本武が被り、坂本武の手拭いを三井秀男が頭に載せるのだ。動作のシンクロと小道具の交換。二人の情が通い合っている姿は、この旧作の方が描かれている。
『浮雲』で有名な雨のシーンだが、雨はこちらでも同じように降る。芝居の公演中に雨が降り出し、舞台や客席が雨漏りし始めて、公演は中断する。舞台の上から坂本武と子役の突貫小僧が同じアクションで謝り続ける。そして雨降りが続き、公演に客が来なくなり役者たちが暇になっていくのは同じ。おたか(八雲恵美子)が嫉妬から飯田蝶子の店に雨の日に坂本武を迎えに行くのも一緒だが、一緒に若い女優の坪内美子を連れてくる。雨の中での二人の罵り合いはあるのだが、『浮草』ほど映像は強調されていない。雨は対立の劇的要素の演出というよりは、公演に客が来なくなる設定として使われている。
坪内美子が息子の三井秀男を誘惑するための待ち合わせ場所は、田舎道の木のそばであり、仲が深くなってのデートシーンは、船の前ではなく、汽車が通る線路脇だ。汽車や線路を歩くことで坪内美子が旅の者であることを演出しているが、二人の濃密な関係は『浮草』のようには描かれない。それから、誘惑したことが坂本武にバレて、八雲恵美子がぶたれる場面で、上から落ちてくる紙吹雪は、この前作でも使われていた。
つまりほとんどは同じ設定ながら、よりコンパクトに役者稼業の親の哀しさと堅気の息子との関係と女の嫉妬の物語に凝縮された作品と言えるだろう。映像的な喚起力や細部の演出のこだわりは『浮草』には及ばないが、動作のシンクロや反復など無声映画ならではのアクション演出は流石だ。「人種が違う」と喜八が息子のことをおたかやおときに言うが、当時の役者稼業は堅気の仕事とは違って、一段下に見られていたことがよく分かる。旅回りの根無し草は、しょせん地に足が着いていない風来坊なのだ。そんな旅一座の哀しさが感じられる。
ちなみに坂本武と飯田蝶子が向かい合わせで話す場面、なぜかイマジナリーラインを飛び越えて、2人とも上手向きで撮影している。小津は、あまりイマジナリーラインとかを気にしなかったのだろうか?
1934年製作/86分/日本
配給:松竹
監督:小津安二郎
原作:ジェームス・槇
脚本:池田忠雄
撮影:茂原英雄
美術:浜田辰雄
キャスト:坂本武、八雲恵美子、飯田蝶子、三井秀男、坪内美子、突貫小僧、谷麗光 西村青兒 山田長正 青野清 油井宗信 平陽光
☆☆☆☆4

1934 松竹株式会社
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