成瀬巳喜男作品を19本ほど鑑賞したので、成瀬作品の魅力について少しまとめておく。
小津安二郎がローアングルのカメラと正面からの切り返し、そして抑制された役者たちの演技から心の内に秘められたもの、戦争で死んだ不在の息子の嫁と父、または嫁ぐ娘と父親の関係などを中心に家族の心情を描き出したその独特のスタイルに比べ、または溝口健二の役者をとことん追い込みながら、クレーンショットをはじめ緻密なカメラワークで、追い込まれてゆく生の限界と死との境界を独自の映像世界で構築したそのスタイルに比べ、成瀬巳喜男のスタイルは一貫して強いものではない。また、黒澤明の活劇のダイナミズムとも無縁などこにでもあるような小市民的なささやかな世界を描いてきた監督である。だから地味といえば地味な映画が多い。ところが、成瀬巳喜男のどの作品にもなまなましい人間が息づいており、日本家屋のセットを上手に利用しながら、役者を動かし、時にはスリリングとも思える心理アクションを的確なカメラ割りと役者の動きの中で演出し、男女の行き詰まりの愛をも描き出すのだ。それは小津とも溝口とも黒沢明とも違った底知れぬ人間の心の深みを垣間見ることが出来る世界だ。
メロドラマが得意とされる成瀬巳喜男作品において、やはり行き場のない男女の彷徨いの果てとも言える境地を描いた映画に私はもっとも魅力を感じる。成瀬作品において、多くの男たちは生活力も決断力もなく、時には女にもだらしがなく、優しいイケメンのダメ男である場合が多い。女たちはそのダメ男たちに振り回されながら、あるいは惹かれながら、生活空間である家から出て、各地を彷徨い続けるのことになるのだ。または、家から出たいという夢が男によって破られ、留まらざるを得ない女たちを描いた物語が多い。成瀬巳喜男が描くのは、そんな彷徨う女たちの生きざまなのだ。そしてダメ男である男たちは、森雅之、上原謙、加山雄三、三島雅夫、宝田明、大川平八郎、佐野周二、加東大介たちである。
代表作と言われる『浮雲』のおいては、高峰秀子が森雅之を追いかけて戦時中の仏領インドシナ、焼け跡の東京、伊香保温泉、屋久島と彷徨う話であったし、『乱れる』では高峰秀子が山形の故郷へ帰る列車の旅に加山雄三が付いてきて、山形県の銀山温泉へと二人は行き着く。『乱れ雲』は、夫を交通事故死させた加山雄三を好きになってしまった司葉子の禁断の恋物語だが、青森の十和田湖界隈の旅館こそが、二人の愛の行き止まりのような場所として描かれる。『あらくれ』では高峰秀子が男を次々と変えながら、東京〜東北〜再び東京へと移動する話だし、『流れる』は東京の芸者の置屋の話だが、彼女たちも結局は同じ場所にいられなくなり川向こうへと移動せざるを得ない。『娘・妻・母』の屋敷は、長男の森雅之が勝手に抵当に入れて借金で手放さなくてはならなくなるし、『めし』も夫の上原謙への不満から原節子が大阪と東京を行き来する話だ。初期の『妻よ薔薇のやうに』でも、娘の千葉早智子が母とは別の女と暮らす父を連れて帰るために、東京から長野へ、そして東京へと戻りつつ、それぞれの場所で心が揺れ動く物語だった。『あにいもうと』は、次女の香川京子が製麺所の息子の堀雄二と東京へ逃げ出すことを夢見つつ男に裏切られ、姉の京マチ子は兄の森雅之と喧嘩しつつ、どこでも自由に生きていける強い女の話だった。『山の音』の原節子は、夫の上原謙との関係を断ち切って、家を出て行くことを義父の山村聰に告げるまでの物語だ。いずれにせよ、場所を移動することが重要なのだ。場所を移動せざるを得なくなることによって、女性の心理状態が変化していくのだ。一つの場所に留まれる安住の地はない。必ずその場所には居られなくなり、移動せざるを得ない状況に女性が追い込まれていくのだ。そのことによって心の揺れが描かれていく。
一方で、一つの場所から動けない女たちも描かれる。『女が階段を上る時』の銀座のバーのママを演じる高峰秀子は男に振り回されつつ一人で生きていく女であり、『銀座化粧』の田中絹代も同じだ。結局彼女は長野の田舎で堀雄二と暮らすことは夢に終わり、銀座から離れられない。『驟雨』の原節子は、働きたいと思っても家から出られない女である。『晩菊』の元芸者である杉村春子は、昔恋をした上原謙にガッカリして、彷徨う男たちを尻目に、しっかりとこの家で生き続ける決意をする物語だった。
庶民劇、夫婦もの、水商売もの、芸道ものなど様々なジャンルを描きながら、一貫して主役は女の人生であり、ダメ男たちに振り回されながら、迷い、束の間の夢を抱き、諦め、したたかに生きていくのである。
日本家屋のセットを使って中の芝居を撮りつつ、家の外からの引きのショットを時折挟んで冷めた客観性を持たせたり、人物を会話の中で動かし、振り返りや立ち上がりや座り、位置の逆転などを使って人物関係の変化をスリリングに見せたり、照明の光と影や、雨や雷、路地の奥行き、チンドン屋や街の音、歌などの音の表現を含めて随所に工夫された演出があり、唸らされる。
とりあえず成瀬巳喜男作品から、特に好きな作品を挙げておこう。
やはり『浮雲』の屋久島、『乱れる』の列車と銀山温泉、『乱れ雲』の青森の旅館といった彷徨う男と女が行き着いた果ての死の境界ともいえるどん詰まりのような場所の描写が忘れられない。
1,『浮雲』
2,『乱れる』
3,『乱れ雲』
4,『山の音』
5,『あらくれ』
6,『流れる』
7,『めし』
8,『晩菊』
9,『女が階段を上る時』
10,『妻よ薔薇のやうに』
また、成瀬巳喜男作品で未見のもので特に見たいものが以下である。
U-NEXTではもう見られるものがなかったので、他の機会を探るしかない。
・『君と別れて』(1933)
・『君と行く路』(1936)
・『雪崩』(1937)
・『鶴八鶴次郎』(1938)
・『秀子の車掌さん』(1941)
・『お国と五平』(1952)
・『稲妻』(1952)
・『夫婦』(1953)
・『妻』(1953)
・『杏っ子』(1958)
・『鰯雲』(1958)
・『コタンの口笛』(1959)
・『夜の流れ』(1960)
・『妻として女として』(1961)
・『女の中にいる他人』(1966)
・『ひき逃げ』(1966)
ログインしてコメントを確認・投稿する