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2025年04月20日22:35

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神話の国 九州高千穂への旅 その2

旅の二日目は黒川温泉から高千穂峡へ向かった。高千穂という土地はアマテラスが籠もった「天岩屋」の神話の伝承地があり、そして天孫降臨の神話の場所とされる。

天孫降臨(てんそんこうりん)とは、高天原の天照大神(アマテラスオオミカミ)は葦原中国(あしはらのなかつくに)である地上があまりにも乱れてきたので、孫である瓊々杵尊(ニニギノミコト)に治めさせようと降臨を命じた。アメノコヤネ、フトダマ、アマノウズメ、イシコリドメ、タマノヤからなる五部神を従えて天降りを始めた。このときアマテラスは、三種の神器の八尺(やさか)の勾玉(まがたま)、鏡、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を投げて、「この鏡を私の御魂とし、私を祀るように祭祀に奉仕しなさい」と命じた。ニニギノミコトは幾重にもたなびく厚い雲を押し分けて高千穂のくしふるの峰に降り立ったのだ。この降臨の際に、高千穂は暗闇に包まれていた大地を明るく照らすために、ニニギノミコトが稲穂の籾を撒いた場所として知られている。

この天孫降臨は、古事記によれば「竺紫(=筑紫)の日向の高千穂の久士布流多氣(くじふるたけ)に天降りまさしめき。」とある。この「高千穂」が、宮崎県北部の高千穂町とする説と、宮崎と鹿児島の県境の霧島山の高千穂峰とする説の二つがあり、意見が分かれている。今回は霧島山の高千穂峰には時間が無くて行けなかった。

高千穂町には、有名な高千穂峡がある。天孫降臨の際、この地に水がなかったため、天村雲命(あめのむらくものみこと)が水種を移した「天真名井」の水が滝となって流れ落ちているとされている。高千穂峡の「柱状節理」はなかなかの壮観だ。大昔、阿蘇山の大爆発により流れ出た火砕流が長い年月をかけて侵食され、現在のような深くそして美しい岩肌を造りあげたそうだ。ボートを予約していたので、その「真名井の滝」を真下から見上げ、霊験あらたかな気分になる。とは言っても、観光客でボートは大渋滞であった。
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そして天岩戸神話のある天岩戸神社を参拝。遙拝所となっている御神体の天岩戸は神職が案内してくれる。西本宮の本殿の裏手に洞窟が見える。ここにアマテラスが隠れたの?洞窟じゃなくて、ただの窪みじゃない・・・と思ったのだが、なんでも戦後の台風の影響で、壁の一部か壊れてしまったそうだ。ちなみに二度と、アマテラスが天岩戸に籠もらないように注連縄で結界が張られている。この結界としての注連縄が、そもそも注連縄の元祖と言うことらしい。ちなみに天岩戸は撮影禁止だった。
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有名な天岩戸神話とは、弟であるスサノオノミコトの荒ぶりに怒った太陽神「天照大神(アマテラスオオミカミ)」が岩戸に隠れたので、世の中は闇に包まれ数々の災いが起こってしまう。そこで困った八百万の神々は天安河原に集って相談をし、岩戸の前で宴を開き、踊り手の名手アメノウズメニモコトが面白おかしく舞う度に歓声が上がった。その様子が気になった天照大神は岩戸を少し開けてそっと覗いたその瞬間、力自慢のアメノタヂカラオが岩戸を押し開け天照大神を外に連れ出したことで、世界は光を取り戻したといわれている。

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その八百万の神々が集って相談したと言われるのが、天安河原(あまのやすかわら)」だ。天岩戸神社から歩いて10分ぐらいのところにある。途中は綺麗な澄んだ川が流れており、この世とあの世との境界のような場所だ。こちらの方が、神聖な空気が漂っておりパワースポットという感じがした。洞窟のように祠になっており、鳥居もあり、八百万の神々が集って相談した場所っぽい。なんならこちらにアマテラスが隠れてもいいくらいだ。多くの石が積まれており、賽の河原のような不気味さ、生と死の狭間=境界。透き通った川が死の世界へと導くようだ。太鼓橋のような古い橋があり、この世とあの世をつなぐ橋のようだった。

そして夜は高千穂神社で夜神楽を観劇。
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夜神楽は毎晩夜8時から高千穂神社で舞っている。観光用ということだ。太鼓と笛など演奏が3人、踊り手が2人。毎晩やるのだから大変だ。本来の神楽の奉納は、五穀豊穣を願って11月から2月まで、高千穂の各地区で、18時から翌日正午まで夜通しで行なわれるのだそうだ。すごい熱量だ。33番の夜神楽を夜通し舞って奉納する。炊き出しで住民を振るまい、酒を飲みながら夜神楽を見る。地域コミュニティがこのようにして強固に形作られる仕組みなのだと改めて思った。

33番の内4番の舞を毎晩公開している。
(1)「手力雄(たじからお)の舞」は、天照大神が天の岩戸にお隠れになったので、力の強い手力雄神が天の岩戸を探し出すために静かに音を聞いたり、考えたりする様子を表現している。
(2)「鈿女(うずめ)の舞」
天の岩戸の所在がはっきりしたので、岩戸の前で面白おかしく舞い、天照大神を岩屋より誘い出そうとする舞い。
(3)「戸取り(ととり)の舞」
天の岩屋も岩戸の戸も所在がはっきりしたので、手力雄命が岩戸を取り除いて天照大神を迎え出す舞で勇壮で力強く舞う舞。長野の戸隠れまで、岩戸を投げたらしい。それが「戸隠神社」に伝えられている。
(4)「後神躰(ごしんたい)の舞」
一名国生みの舞と申しますが、イザナギ・イザナミの二神が酒を作ってお互い仲良く飲んで抱擁し合い、極めて夫婦円満を象徴している舞。

大らかな神様たちの酒を飲んで男女結び合うセックスを表している舞。男女の神様がお互い腰を振り、抱き合う。イザナギがイザナミの股間に槌を振り下ろして抜けなくなったりするきわどさ。さらに客席をまわり、イザナギが女たちを物色して抱きしめ、イザナミは男を物色して抱きしめるなど、浮気とも思える行為を肯定する大らかさだ。
一晩中、夜神楽を舞うにあたり、眠くなった客を起こす余興的な舞ということだ。

こんな風にして神話の地、高千穂を体感し、翌日は熊本城にちょっと寄って、フェリーで島原へ、そして長崎へと向かった。

宮崎南部には、日向神話の地としてまだまだいろいろなスポットがある。高千穂峰、青島神社、鹿児島神宮、記紀の道、江田神社、鵜戸神宮、西都原古墳群・・・。海幸彦、山幸彦の神話。カートで廃線をめぐる高千穂あまてらす鉄道もある。

九州の歴史は奥深い。またいつか行けるだろうか・・・。

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なお、長崎の旅については省略する。坂の街、キリスト教の教会、宣教師とキリシタンたちの苦難、出島での海外との接点、グラバー邸など外国人たちの活躍、石炭業・造船業・近代の始まり、岩崎彌太郎と三菱財閥とグラバー、坂本龍馬の貿易結社・亀山社中、中華街、長崎ちゃんぽん、カステラ・・・長崎もまた様々な歴史が深く刻まれている街だった。同じ坂道と西洋館などの海外からの文化都市、函館との類似性も感じた。
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