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2025年04月14日17:36

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ドラマ『俺の話は長い2025・春』~会話劇のホームドラマは昭和の香りがする懐かしさ〜

『俺の話は長い 2025・春』(日テレ・前後編)は昭和の香りがするホームドラマだった。生田斗真演じる面倒くさい男は、屁理屈をこねて他人に文句を言いながら、自分をどうにか見出していく男だ。「他人に文句を言う」、その口達者なことだけが彼の才能であり、自分からは何もやらない、やれないダメ男。父と母が大切にしてきた場所の実家と喫茶店「ポラリス」を売り払うとか言いながら、結局は売らずに自分が後を継ぐことを決めるという話で終わる。家族の誰もがそれを望んでいるのに、そのことが分かっているのに、ずるずると先延ばしにして、ニートをしながら過ごしてきた。口うるさい姉の小池栄子とのバトルも、おっとりした母の原田美枝子や姪の清原果耶、そして唯一の男の仲間である安田顕、家族のそれぞれのやり取りや文句が見ていて楽しいのだ。役者たちのバランスもとてもいいし、みんな楽しそうに演じている。

今は文句をなかなか言えない時代である。文句を言う前に、引き籠もって黙ってしまう。部屋に籠もって黙々とゲームをやるか、会話をせずに、それぞれがそれぞれの内側の世界に閉じこもってしまう。喧嘩はしないで仲良くする。気を遣う。だから日常生活がドラマになりにくい。ホームドラマが成立しづらくなってしまった。それは会話や言い争いが減ってきてしまったからである。だから、このドラマのような口喧嘩が懐かしくてホッとする。ちょっと前なら木皿泉がこういう世界を書いてくれていたのに・・・。

刑事モノや犯罪サイコサスペンスや弁護士モノや法廷モノ、さらに医者モノや病気モノなどに最近は独自のキャラクターや特殊な能力を絡ませながら、ドラマを作らないと飽き足らなくなってしまった。生と死が絡むような事件や犯罪や病気や緊急事態が起きないと、ドラマとして成立しづらいのだ。だから似たようなドラマばかりが目立つようになる。

日常的な些細な会話や描写でドラマを成立させている作品に出会うと嬉しくなるのだ。『俺の話は長い』の金子茂樹のような会話劇が書ける脚本家は今は貴重である。もっともっと書いてほしいものだ。坂元裕二、野木亜紀子、岡田惠和、 宮藤官九郎、バカリズムとともに会話を書ける脚本家として頑張って欲しい。

ちなみにNHKで村上春樹の短編集『神の子どもたちはみな踊る』を原作とするドラマ『地震のあとで』が始まっている。全4回のうち2回が放送された。ほぼ村上春樹の原作を忠実にドラマ化しており、彼の独特の世界観が映像化されているのだが、今のドラマとしてはかなり冒険的な作品になっている。分かりやすく説明過多なドラマが多い昨今にあって、これだけ説明の無い、視聴者の感性に委ねられたドラマは珍しいからだ。

「空っぽのハコと自分」「空っぽの私と焚き火と生と死」・・・自分自身を問い直すような、巨大地震後に感じるこうした空虚感は現代にもつながっているテーマである。あと2回も楽しみにしたいと思っている。

(C)NTV
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