真面目な銀行員の出納係の男クリス(エドワード・G・ロビンソン) が女に騙されて人生を狂わせてしまう悲劇である。これは後の多くの映画監督や脚本家がお手本にしたくなるような犯罪サスペンス、転落の物語だ。どんな善良な市民でも、あるキッカケで人を殺してしまい、妄想に悩まされ、浮浪者のように街を彷徨う地獄を見るかもしれないという転落。誰でもその可能性があるのだ。人間は、欲望と夢がある限り、それを奪われた地獄もあり、非情な運命が待っているかもしれないのだ。この映画は周到に準備された転落のキッカケとなるような仕掛けや演出が随所に施されており、転がる石のようにクリスという男はその運命に従っていく。そういう恐ろしい物語なのだ。
ニューヨークの銀行員クリスが勤続25周年を祝ってもらうパーティーの場面から始まる。「彼は好人物♪それだけは確か♪」という賑やかな同僚たちの歌で祝われ、社長からも高価な懐中時計を贈られ信頼される男クリス。その社長が若い美しい女性とパーティ−会場から一足先に車でいなくなるのを見て、「若い女性に愛されるってどんな気分なんだろう?」とクリスは友人につぶやく。すべてはここから始まっている。その直後の帰り道、自分の人生に縁がないと思っていた若い女性と知り合うことになる。雨の中でバスで帰る友人を送り、雨も上がって警官に地下鉄の駅までの道を聞き歩いていると、若い女性が男に襲われているのを見る。クリスは躊躇わず駆け寄って、持っていた傘で男を殴って女性を助けるのだ。その時、クリスは殴った後で手で顔を覆う。そのアクションが、のちのち男(ジョニー)と再会したときに彼に気づかない理由になっている。クリスはすぐに先ほどの警官を呼ぶが、男はいなくなっており、若くて美しい女キティ(ジョーン・ベネット)は「家まで送って」とクリスに言う。夢がすぐ現実化してしまう嘘のような都合のいい展開。クリスはキティを家まで送って、「コーヒーでも?」と地下の店に誘う。キティは自分を女優だと告げ、クリスは画家だと嘘をついてしまう。キティは実は娼婦だった。
自宅に帰ると怖い妻のアデル(ロザリンド・アイヴァン)がいて、クリスはエプロンをして皿を洗う。この花柄のエプロン姿がまた哀愁を誘う。アデルの前夫で刑事のヒギンスは女性を救おうとして川に落ちて行方不明。不自然なほど立派な前夫の写真が部屋に飾ってある。クリスはアデルと5年前に結婚したが尻に敷かれている。彼の唯一の楽しみは洗面所で絵を描くこと。キティには恋人のジョニー(ダン・デュリエ)がいて、ジョニーはクリスのことを「怠け足Lazy Legs」(街角に立つ稼ぎの悪い売春婦という意味か)と愛称で呼んでいる。クリスからの恋文を見たジョニーは、クリスから金を騙し取ることを思いつく。キティはジョニーにぞっこん惚れている。気が進まないがジョニーに言われたとおり、クリスに生活費に困っていると金を無心するキティ。アトリエになるアパートを借りて私の絵を描いてと提案する。クリスは妻がいることを正直に告げ、嘘をついていたことを詫びる。
ジョニーがクリスの絵を街に持ち出したら、美術評論家と画廊の目にとまり、絵が売れていく。ジョニーは咄嗟にキティが絵を描いたと嘘をつき、キティの名前であるキャスリン・マーチとサインを入れて売り出す。その画廊で夫の絵を見た妻のアデルは、夫はキャスリン・マーチという有名な画家の絵を盗作しているのだと勘違いする。勝手に絵を売られたと怒るのかと思ったクリスは、キティと夫婦のように一緒になった思いで「画家の名前なんてどうでもいい」と言い、それよりも自分の絵が評価されたことの方が嬉しいようだ。「画家になりたい」という夢が叶ったのだ。
そんなとき、クリスのもとに刑事がやって来る。金の使い込みがバレたのか?と思ったら、死んだと思っていた元刑事のアデルの前亭主が現れる。生きていたのだ。そうなると、アデルとクリスの結婚は無効になる。金を無心に来たクリスだったが、2000ドルの生命保険は使わずに債券でアデル夫人がしまってあるから、それを私が手引きするので奪えと提案する。クリスの家に忍び入る元亭主だが、アデルと鉢合わせをさせるクリス。隣の部屋からアデルの悲鳴だけが聞こえる。
晴れて独身になれたクリスがキティに求婚しようと部屋にやって来ると、アデルとジョ二ーの熱愛ぶりを見てしまう。「もうベタ惚れよ、ジョニー」「怠け足Lazy Legs・・・」。騙されていたことを知ったクリスがキティに詰め寄り、ジョ二ーと別れて自分と結婚してくれと申し込む。すると泣いていたかと思ったキティは笑い転げていたのだ。残酷な場面だ。「いつも心の中で笑っていたわ。醜いジジイ、気持ち悪いわ」。そしてクリスは部屋にあったアイスピックでキティを殺してしまう。
警察はジョニーをキティ殺しの犯人と断定し、裁判でも刑が確定しジョニーは処刑されることになる。その処刑される日に、クリスは新聞記者たちの列車に乗り合わせ、「殺人には報いがある。誰も罪から逃れられない」という話を聞く。
いつまでも「もうベタ惚れよ、ジョニー」の声が頭の中でこだまし続けるクリス。雨が降る部屋の窓外のネオンが明滅する中で、錯乱していくクリスは自殺を図る。住人の発見で一命を取り留めたクリスだったが、公園のベンチで寝るような浮浪者暮らしになっている。「5年前に2人を殺した」と警察に言い続けて、街を彷徨っているのだ。ふと、自分が描いたキティの絵が画廊から運び出されていくのを見る。誰もいなくなった街頭を1人歩くクリスの耳元では、「もうベタ惚れよ、ジョニー」と言うキティの声がいつまでも響いていた。
転落のキッカケはいろいろあった。もし社長が若い女と帰らなかったら、それを見なかったら、クリスは女を助けなかったかもしれない。もし、あんなに気分良くパーティーで祝福され、いい気分じゃなかったら、そんな人助けはしなかったかもしれない。女をコーヒーに誘ってなかったかもしれない。いつもの気の小さいクリスだったら。そして雨が上がっていなかったら、傘で男を殴らなかったかもしれないし、友人がバスに乗り遅れなかったら、あの警官に道を聞かなかったら、酒場で「間違いを許す」という教会の説教の声を聞かなかったら、アイスピックがあの部屋になかったら・・・。そんな仕掛けが随所にあり、クリスは地獄へ落ちる運命を辿っていく。
また、観客に「あれ?」と思わせるのも上手い。クリスがキティに隠していたことを告白するとき、「実は妻がいる」と言う。もし「画家じゃない。趣味で描いているだけだ」と言っていたらその後の展開も変わっていたはずだ。奥さんが「キャスリン・マーチって誰?いつからなの?」と画廊の絵を見て問い詰めるとき、包丁を手にしているクリスに殺人を匂わせ、彼女との浮気がバレたと観客も思うのだが、「絵を盗作したんでしょ」と妻に言わせるのだ。銀行に「刑事が来ている」と伝えられるところも、誰もが金にまつわる横領とか犯罪がバレた?と連想させるが、妻の前夫の元刑事が来ていただけだったりもする。最後の方で記者たちの列車に乗り合わせて、「逃れられない罪」の話を聞いた時も、クリスが冤罪のジョニーの死刑直前に自分の罪を告白するのかとも思わせるが、そんなシーンはない。観客をミスリードさせるような仕掛けが随所にあり、クリスを運命に追い詰めるような、きめ細やかな演出がされているのだ。
真面目な男が転落する非情な運命。もちろんキティのヒモであるチンピラのジョニーが一番悪いのだが、それほどの極悪人でもない。自分に惚れている女をタカり利用する、どこにでもいそうなロクデナシである。ジョニーはキティの好意を利用し、キティはクリスの好意を利用する。女に好意を持ったクリスに何の落ち度があるのだろうか?画家になりたいという夢を持ち、若い女にモテたいという夢を持つこと、ただそれだけの欲望や夢が罰せられなければいけないのか?しかし、絵が売れたことで自尊心は膨らみ、前夫が現れたことで妻と別れることができて、キティに愛を告白したことがそんなに愚かなことだろうか?愚かだとしても、そこまで夢が叶っていたら、勘違いしてしまうものかもしれない。陽の当たらない出納係の男が社長から金の懐中時計を貰った嬉しさから、淡い夢を抱いてしまった哀れな末路である。見事な映画だ。
原題:SCARLET STREET
1945年製作/アメリカ/102分
製作会社:A FRITZ LANG Production=A Diana Production
監督:フリッツ・ラング
製作:フリッツ・ラング、ウォルター・ウェンジャー
原作:ジョルジュ・デ・ラ・フシャルディエール
脚本:ダドリー・ニコルズ
撮影:ミルトン・クラスナー
音楽:ハンス・J・サルター
キャスト:エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエ、マーガレット・リンゼイ、ロザリンド・イヴァン、ジェス・バーカー
、チャールズ・ケンパー、ウラジミール・ソコロフ
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