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2024年12月12日19:58

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「波紋」荻上直子〜ないようである。あるようでない。他者の波紋〜

(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

『かもめ食堂』からわりと見ている荻上(おぎがみ)直子監督。特に最近(2021年)の『川っぺりムコリッタ』が面白かったので、この作品も見てみた。最新作『まる』も予告編を見て気になっていたが、未見である。荻上直子監督はもともと余白の描き方がうまく、少しユーモラスで独特なぬくもりが感じられて面白かったのだが、『川っぺりムコリッタ』を見て、少し精神的な空白、空虚、死との境界まで描いていたので深みが増しているような気がする。

さて本作は新興宗教の話だというので、少し見るのを躊躇していた。この種の話は見ていて心が重くなるのだ。さらに震災、老々介護、障害者差別などの問題も扱っているようなので、なおさら気が重くなる。ただ実際に見てみると、それほど痛々しく重たい映画にはなっていなかった。夫婦関係、家族、他者と自己の波紋に関するちょっと哲学的でユーモラスなところもある映画だった。

「枯山水は水を使わずに水を表現するけど、結局は存在しない水だから面白いんだって」と母が枯山水の庭造りをしたことを息子が父に言う。そして父が、「ないようである。あるようでない。」と呟くのだ。この映画の世界観を表しているセリフなので抜き出してみた。

『波紋』というタイトルにあるように、水の表現が全編で貫かれている。東日本大震災が2011年東北で起き、原発事故もあった。テレビから原発事故で放射能汚染のニュースが流れてくる。スーパーでは開店と同時に水を買い漁る客さんで溢れ、妻の筒井真理子は、息子(磯村勇斗)と夫(光石研)に「水道水は飲まないこと」、「雨水に当たると危険だ」と注意をするが、介護をしている義父のお粥には水道水を平気で入れる。そんなどこにでもいる家族の話から始まるが、あるとき庭の花に水をやっていた夫が突然失踪する。放射能汚染が怖くてどこかへ行ったのか?ハッキリしない。庭のホースの水が出しっぱなしだ。その後、新興宗教に妻の筒井真理子はハマっていく。筒井真理子は、深田晃司の『淵に立つ』ですっかり有名になり、『よこがお』でも主演を務めていた。今やテレビドラマでもよく見る顔になった。家の中は、新興宗教の「緑命会」の「緑命水」で溢れている。居間には大きな水晶と立派な祭壇があり、庭の花はすべて引き抜かれ、毎朝、依子(筒井真理子)は、枯山水の庭の砂石を水の波紋のような形に整えるのだ。自らの心の水の波紋を整えるかのように。

新興宗教「緑命会」の幹部にキムラ緑子、信者に江口のりこと平岩紙が出ていて、いかにも信者にいそうな感じで笑ってしまった。ナイスなキャスティングである。みんなでお祈りを唱えた後、奇妙な体操?をするのも可笑しい。新興宗教の病的なマインドコントロールを描くのではなく、どこかユーモラスなのが荻上直子流だ。もちろん、キムラ緑子がインチキなものを筒井真理子に売りつけるのだが、それもなんだかユーモラスなのだ。そんな新興宗教とスーパーのレジのバイトをしながらの依子の日常が描かれる。スーパーには、毎回、商品が傷んでいると文句を言って「半額にまけろ」とイチャモンを言う客、柄本明がやって来る。そんな日常を送っていると、突然、夫(光石研)が帰ってくる。ボロボロの服を着て、「自分は癌だ」と言って。戸惑いながらも夫を受け入れる筒井真理子だが、夫へのイライラが募る。隣の猫も庭の波の模様を乱す。更年期障害の症状もあり、依子の辛そうな姿を見て、スーパーの掃除係の木野花が話しかけてきて仲良くなる。そして一緒にプールで泳ぐようになる。この木野花との関係がまた面白い。お互い孤独な女性同士の会話。「(夫に)仕返ししたら?」とハッキリとモノを言う木野花には、自分にはない強さを感じる筒井真理子。しかし木野花が怪我して入院して彼女が飼っていた亀の世話の頼まれ、依子が部屋に行ってみると、酷いゴミ屋敷なのだ。清掃婦なのに、震災以降、ゴミが片付けられなくなったという。部屋には亡くなった子供の遺影もある。みんなそれぞれ、闇を抱えている。

母が新興宗教に入信して、家にいるのがイヤになった息子の磯村勇斗は九州の大学に入って家から逃げ出していた。そしてそのまま就職して、あるとき彼女を連れて家に帰ってくる。その彼女が聴覚障害者で手話を使って会話をする。依子は、その彼女を東京観光に連れ出しながら、「息子と別れて欲しい」と言う。障害者への差別感情からだ。「五体満足に生んであげたのに、なにも・・・」というドギツイ台詞もある。

夫は癌治療のための医療保険適用外の高額の薬代を出して欲しいと頼んでくるが、なかなか決断できない依子。「寛容であること」という宗教の教えに従い受け入れるが、点滴が落ちていくのを見ながら「30万、35万、40万・・・・」と呟くのが笑える。あるとき、依子が仕事から帰ってくると、夫が枯山水の石庭で倒れている。庭のホースから水がまたしても出しっぱなしである。そして夫が亡くなり、葬儀の日。家の中から枯山水の模様を乱さないように葬儀屋が棺桶を慎重に運ぶ。しかし、棺を庭に落としてしまい、中から遺体の夫の手が出てくる。それを見て突然笑い出す依子。帰る息子を庭に出て見送る。居間の祭壇にはもう新興宗教の飾りはなく、シンプルな遺骨のみ。息子に「前にやっていたフ、フ、フラダンスじゃなくて、フラメンコ、また始めたら?」と言われる。そして、青空も見える天気雨の中で、依子は赤い傘を捨て雨に濡れるのも厭わず、庭で一人喪服姿のままでフラメンコを踊るのであった。

詳細なことは描かれない。省略も多く、台詞も少ない。放射能の水を怖がり、宗教の特別な水を欲して平穏を取り戻したかと思うと、夫や息子の彼女などの他者から様々な波紋が平穏を乱し、依子の心の水をかき乱す。プールで(木野花と)本音を語り合ううちに、他者の波紋(柄本明や木野花の闇)を少しずつ受け入れられるようになっていく。点滴の高額な水は恨めしく思いつつ、(木野花の)部屋を片付け、亀を水の中に返し、夫の死も受け入れる。だからこそ、「ないようである」かのように見せかけていた枯山水の水が乱されても動じず、自ら足で砂石を蹴散らすのだ。天気雨の中で決然と踊るフラメンコが新たな生きる意思を感じさせる。
ハンドクラップの音楽が効果的だった。


2023年製作/120分/G/日本
配給:ショウゲート

監督・脚本:荻上直子
エグゼクティブプロデューサー:富田朋子、堤天心、小山洋平、高津英泰、久田晴喜、寺井禎浩
プロデューサー:杉田浩光、渡辺誠
企画・プロデューサー:米満一正
撮影:山本英夫
照明:小野晃
録音:清水雄一郎
美術:安宅紀史
編集:普嶋信一
音楽:井出博子
キャスト:筒井真理子、光石研、磯村勇斗、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、ムロツヨシ、津田絵理奈、花王おさむ、柄本明、木野花、キムラ緑子
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