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2023年12月20日23:07

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「市子」〜きっと明日は いい天気♪ 杉咲花が市子の闇を封印〜

ネタバレしないように書いていますが、映画をご覧になってから、読むことをオススメします。

市子(杉咲花)が最初と最後で口ずさんでいた歌は何だったろう?と気になって調べたら、「にじ」という歌だった。30年前に生まれ、いまでも保育の現場や小学校などでうたわれ続けている名曲らしい。どこかで聴いたことがあって、その歌が映画を観終わってからぐるぐると頭を巡っていた。市子の母(中村ゆり)が、あること(ネタバレになる)が起きたときに皿を洗いながら口ずさんでいた。市子も最後にある事件が起きた(ネタバレになる)後で、母と同じ歌を口ずさんだのだろう。汗をかきながら夏の田舎道を歩く市子の後ろ姿。歌を口ずさみながら映画は終わる。「にじ」という歌の歌詞を調べてみると、「ラララ にじが にじが 空にかかって きみの きみの 気分も晴れて きっと明日はいい天気 きっと明日はいい天気」(『にじ』より 作詞:新沢としひこ/作曲:中川ひろたか)というものだ。海と空に虹がかかっている映像がどこかにあったと思うが、印象的なのは、高校生の市子が降り出した雨に濡れながら「みんな、流れてしまえ」と空を見上げながら叫ぶ場面だ。忌まわしい過去もどうにもならない現在も、みんな雨に流れて消えてしまうことを願う市子。だから「明日はいい天気」と希望の歌をつぶやきたくなるのだろう。その希望の歌をくちずさんで歩く後ろ姿がせつない。

いわゆる失踪もの、行方不明ものである。ある日突然、身近にいた人がいなくなり、「あの人は誰だったのだろう?」と残されたものに疑問が募る。最近の映画では、妻夫木聡主演の『ある男』(2022)があったし、未見だが田中裕子主演の『千夜、一夜』(2022)という映画もあった。失踪ものといえば『彼女が消えた浜辺』(2009イラン)、『バニーレークは行方不明』(1966アメリカ)などもある。『パリ、テキサス』(1984西ドイツ・フランス)もある種の失踪ものだ。思い出せないが他にもいっぱいあるし、私もそんな失踪ものに惹かれるところがある。人間が他人に見せる顔などすべてではない。親友や夫婦など、どんな親しい間柄でも知らない一面があったりする。そして突然失踪してしまった場合、その人の知らない一面に驚かされる。これまで数々のドラマや映画に描かれ、使われてきた題材だ。それだけ人間は謎に満ちた存在なのだ。アイデンティティというものも曖昧であり、いろんな顔を持っていて多面的だったりする。だから他者は理解しえないし、分かったつもりでも分からないことがあるのだ。

ネタバレになるので多くのことを書けないが、3年一緒に暮らしていたカップルで、男(若葉竜也)がプロポーズをした翌日に、女が突然いなくなる話だ。「嬉しい」と言ったいたのに。女がいなくなる時、テレビニュースからは白骨死体発見のニュースが流れている。事件の気配を匂わせながら、「市子」という女性の人生について知る物語だ。「市子」という名前も本名なのか?市子を探している刑事(宇野祥平)が現れ、男が市子を探す旅とともに少しずつ知らない市子の人生が明らかになってくるという仕掛けだ。時間が複雑に前後する構成が巧みだ。子供時代や高校生時代、昔の友人や同級生が知っている市子とはどういう女性だったのかが描かれていく。「月子」という名前。市子という女性の複雑で忌まわしい過去。市子はその過去から逃げるように生きてきた。ささやかな幸福を願って。市子にとっては、長谷川義則(若葉竜也)と暮らした3年間が、人生で最も幸福な時間だった。プロポーズをされる瞬間までの日々が。そして最後に二人の出会いのシーンが描かれる。夏祭り、屋台、焼きそば、階段、浴衣。市子のささやかな幸福な記憶が観客に共有される。不幸で忌まわしい人生の中で、ささやかな希望、虹がかかる瞬間が。「明日はいい天気になる」という希望に縋りたくなるような。彼氏がプロポーズで浴衣をプレゼントした意味も明らかになる。

映画はあえて「死」や「事件」を直接的に描かない。忌まわしい不幸や悲惨で生々しい現場はあえて映像にしていない。海や波が描かれるだけだ。市子には、悪魔的で自分勝手な側面もあるし、ダークな一面もあるのだが、それを直接的に描写しないことで、市子に限りなく寄り添っている。杉咲花という女優は、何を考えているのか分からないところもあるし、ピュアにも見えるし、性的な存在でもない。それがこの映画を「市子」に共感しやすいものにしている。杉咲花が、「市子」の闇の部分を封じ込めているとも言える。別の女優がやっていたら、もう少し打算的で企みに満ちた「市子」に見えたかもしれない。突っ込みどころがないわけではないが、どんな人生でも「希望を持ちたい」、「幸せになりたい」という気持ちを持つことを否定できない。誰もが持っている「市子」の怖さを感じるとともに、「市子」の未来も願わずにいられない。

花火のポスター、夜の港でのロケット花火、ヘッドライトの光と市子、夏空、窓や扉の向こうのセミの鳴き声、飛ばなくなったセミ、全速力でトンネルを走る市子、 団地で市子を待ちながら酒を飲んでいる渡辺大知、見送りに来て頭を下げる母(中村ゆり)、夜のケーキ店のサンタ帽子の市子、お祭りの階段の夜の二人などなど印象的な映像が随所にあったことも記しておきたい。

画像(C)2023 映画「市子」製作委員会

2023年製作/126分/G/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督・原作・編集:戸田彬弘
脚本:上村奈帆、戸田彬弘
エグゼクティブプロデューサー:小西啓介、King-Guu、大和田廣樹、小池唯一
プロデューサー:亀山暢央
撮影:春木康輔
照明:大久保礼司
美術:塩川節子
音楽:茂野雅道
キャスト:杉咲花、若葉竜也、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、 宇野祥平、中村ゆり



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