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2023年08月31日04:14

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流星のひと。22 「俺は、村田だ!事件」

 新栄プロに移籍したのは`75年2月だった。
 移籍の途端にどうやら物事が好転してきたのかもしれない。新曲「さすらい」で紅白復帰がかない、翌年には「はしご酒」が中ヒットとなる。錦糸町で藤圭子が流しをしていたその姿が、目に浮かぶような曲。石坂が何度なく「映画のようだった」と語る、あのシーンがそのまま歌になっている。のれんをかき分けて、ほら、純ちゃんが顔を出しているよ。
 ヒットを受けて当たり前のように、続けて紅白にも出場できた。

 移籍は成功した。順風満帆だ。という声が出ていたのだが、ある日、急転した。新栄プロの西川社長から電話が入る。切り出しで、すぐなかなかの電話だと察しがついた。
「石坂先生、藤圭子をどういう育て方をしていたんですか。村田御大の前で無断で『無法松の一生』を歌い切って、御大はカンカンなんだ」
 石坂は、西川社長の家に向かいまず頭を下げ、すぐその場に藤を呼び寄せ一緒になって謝罪をした。
 演歌の新栄プロだけに、義理人情は物事の基本になる。その義理人情の入口は、挨拶ということになる。挨拶がないと、良く言うところの無断使用(前回タイトル「さよならルンバ」が一例です)。
『無法松の一生』は新栄プロでも大事な曲で、御大自身が神野美香に直々ゆずると決めたという事務所内での流れもある。が、なんにしても「挨拶なしで、顔をつぶした」ということになるのか。

 この一連、当時の流行に沿えば「俺は、村田だ!事件」となる。

 石坂は「ぼくが無理に新栄プロに入れたのが失敗だった。反省している」と著書にとても詳しく書いている。

「あの事件で、純ちゃんを小さくしてしまった。アーティストは、ある種、自由で気儘が大切。その自由なこころが伸びてきて生まれる生き生きした表現が、人のこころをとらえるので。小さくなったら、その分想像力も小さくなってしまう」と説明している。
 まあ、実にまっとうな説明をしているし、藤圭子の分も含め、大いに頭を下げこの騒動はおさまった。

 前回にも書いたのだが、石坂は新栄プロを気持ちよく持ち上げている。

 それに、移籍から大分時間がかかった時期に、まず石坂を呼び出し、石坂から藤を呼び出すという順に、ぼくはなにか違和感をおぼえた。みょうに手の込んだ感じが気になっていた。順序を重んじる必要があったのだ、と思うのです。

 この件は、周辺では「村田事件」としてよく知られているらしくたくさんの記述が残っていました。その中で一点だけ、核心をついた一行が出てきた。それは、
「金で買ってきた歌手に好きにされたらたまらないですよね、先生」
と村田御大の尻を叩いた一言だった。

「金で買ってきた」とはどういう意味か。ごく普通に考えれば新栄プロから藤プロに移籍金が動いた、という意味になる。これは、おかしいよ。

 藤プロと藤圭子の関係は全くの契約関係なしで信頼関係だけ、支払は歩合制(はじめは月給制)。これは石坂が著書「母娘物語」の中で明記していて、それ自体、藤圭子にとても感謝している。その上、圭子が藤プロの副委員長を進言した時も実にスルリと交わしている。(これもポイント)
 藤プロに、石坂に、移籍金を受け取る権利はないはず。だが「金で買ってきた」といっている。うーん。

 石坂の交渉術なのか、新栄プロの大人の態度なのか。両方があったと考えるのが妥当なのだろう。契約周辺のことは裁判にでもならない限り漏れることはないわけだからこれ以上の追求は難しい。石坂の「無理に…失敗だった」という言葉は、金の動きを軸に考えた自分がバカだったと言っているように、ぼくには聞こえてしょうがない。

 歌手(業界風に言えば荷物)をやり取りする側で言えば「当然でしょう」ということなのだが、最低限、歌手側が流れを知るべきなのだがそうはならない。(ただし、移籍のための支度金が出ていれば少し意味は違う)

 しかし、こうした話はどこかで漏れてしまう。それが世の中というものだ。
 まして新栄プロは大手プロだけに契約などはきちんとしている。更新、変更のたびに一部、漏れてくる。その中で、移籍金が動いているだけでなく、(よし、言ってしまおうか)日々の稼ぎの中でもコミッションが発生していることを知ることになる。知ることで、せっかくの会社との仲も少しギクシャクしはじめる。

 真白い姿の自分を取り戻したくて移籍したのに、どこまでもついてくる手。藤圭子が「日本の芸能界のシガラミに嫌気がさした」と発言したのは実はこのことをさしている。さすがに名指しは控えたのだが、悲痛な感触さえする出来事だ。

 村田御大のことが引退のきっかけと言う人も多いのだが、あの時の謝罪で修復したし、その後『無法松の一生』を歌っている。入院見舞いで御大が大変に喜んだという話も伝わっている。

 御大よりはるかに怖いものがある、そいつはよこしまな人の欲望だ。
 これこそ、さっぱりしたいい男がいなくなった汚れた東京の姿なのだろう。
 ここは東京、嘘の街。と書けるるものはそういないはずだ。
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