ロシアという国は不思議な国だと思う。ドストエフスキーやチェホフ、トルストイ、ゴーリキーなど世界文学に燦然と輝く文学者たちを輩出し、映画界においてもタルコフスキーやこのニキータ・ミハルコフなど芸術性の高い映画監督もいて、芸術・文化や知的レベルの高い人々が多くいるはずなのに、今回のウクライナ侵攻など、いまだに愚かな戦争を始める国の指導者がいて、それを誰も止めることも出来ない。人間というのは、いつの時代もつくづく愚かな存在だ。
どうやら日本未公開作品らしい。ロシア革命後の1920年、クリミア半島。ボリシェヴィキ赤軍との戦いに敗れた無数の白軍将兵が集められる。武器を奪われ、ボリシェビキのソビエトに忠誠を誓うサインをさせられる敗軍の将兵たち。軍の紋章も肩書きを奪われ、誇りを失い、ただの民間人として、不安の中で移送される重い時間が描かれる。ロシアの大作家イヴァン・ブーニンの短編「日射病」が原作。
グレーのくすんだモノクロ的映像。雨や薄暗い空の下、「なんでこんなことに・・・?」というある将校(マルティンス・カリータ)のつぶやきが漏れる。そして1907年のヴォルガ川での美しい回想が始まる。暗い映像とは対照的な美しい空と緑と川。白い船。そして薄い青のショールを纏った美しき女性(ヴィクトリヤ・ソロヴィオヴァ)。風、光、緑。船の上での夢のような時間が回想される。白い中尉の軍服と帝政ロシアの貴婦人たち。子供たちも楽しそうだ。船の上でのお楽しみの奇術。懐中時計。双眼鏡など効果的に小道具を使いながら、中尉は女を口説いて港で降りて、ホテルでの夢の時間が描かれる。「これは日射病のようなもの、終わりにしなければ焼け焦げてしまう」という愛のささやきを眠っている男に残して、女は朝早く船に乗って旅立ってしまう。女は幻の存在としてしか描かれない。村の少年と見晴らしのいい高台から、川を進む船を眺めるシーンがいい。その船が朝の女の乗った船だとわかり、丘の上から川へとダイブする中尉。その圧倒的なロングショットの美しさ。絶望のうちに捕らえられた革命後の将兵たちの不安と絶望の時間と、革命前の愛と生命の悦びに満ちた美しき自然の中での回想。そのギャップがなんとも切なく胸を打つ。『戦艦ポチョムキン』と同じオデッサの階段を下っていく乳母車。将兵たちがズラリと並ぶ記念写真の不気味さ。ラスト、貨物船に集められた将校の元に懐中時計が手渡される。回想場面で少年だったイゴーリは、将校たちを監視する赤軍の下士官になっていたのだ。貨物船から将校が懐かしき親しみを込めて叫ぶイゴーリの名前が、鉛色の空と海に哀しく響く。
ニキータ・ミハルコフ監督の映画は好きだ。移り変わっていく時代、その変化に対応しきれない人々の葛藤や哀愁が描かれる。チェホフ的な感傷がある。群像劇も多く、自然描写も美しい。自然と時代のなかで、苦悩する人間へのまなざしに優しさを感じる。久々に見たニキータ・ミハルコフ映画だったが、やっぱりこういうスケールの映画はいい。
2014年製作/160分/ロシア
原題:Solnechnyy udar
監督:ニキータ・ミハルコフ
原作:イワン・ブーニン『日射病』
脚本:ニキータ・ミハルコフ、 ウラディミール・モイシエンコ、アレクサンドル・アダバシャン
撮影:ウラジスラフ・オペリアンツ
音楽:エドゥアルド・アルテミエフ
キャスト:マルティンス・カリータ、アナスタシア・イマモバ、ミリアム・セホンミリアム・セホン、ヴィクトリヤ・ソロヴィオヴァ
☆☆☆☆☆5
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