29日の朝日新聞の夕刊に石川九楊さんという書家の方が、面白いことを書いていた。「日本語の乱れ コロナで加速」というタイトルで、和製英語「ウィズコロナ」や「GO TO トラベル」などの奇妙さを指摘し、わざわざ「エビデンス」や「ファクト」と言い換える流行を、なぜ「証拠」や「事実」と言えないのか?「どうしてそこまで日本語を痛めつけるのか?」と嘆く。
われわれ日本人の欧米コンプレックスのせいなのか、和製英語や英語のカタカナ表記は、時代とともにどんどん増えてくる。
そんななかで面白いことが書いてあった。
欧米などでマスクを拒絶するのは「彼らの意思疎通が話し言葉を中心としているため、口が動いているのを見ないと、言葉の真意が伝わってこないと感じるからなのです。これに対し、中国や日本などの東アジア世界では、言葉は書くことによって根拠づけられている。『口約束』という言葉があるように、話し言葉だけで軽んじられてしまうのです」
「キリスト教世界の人々は話す際に神を意識している。一方、東アジアではタテに書くという行為を通じて初めて天を意識する。だから、書くことが行われなくなると、言葉の信憑性は失われ、言葉は崩壊してしまう。まさに今の状況です」
さらに石川氏は、声が「肉声」であるように、「肉文字」こそ文字であり、活字は文字ではありません」と話し、ワープロやパソコンによって、日本の文学は変質したと言い切る。
確かに字を書くことは皆無になってきた。だから漢字をすぐ忘れる。西欧の「話し言葉」と東アジアの「書き言葉」と重要度の違いという指摘も面白い。
言葉の伝わり方、真意の伝え方を探っていくと、奥が深い。
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