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2016年11月04日16:54

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映画レビュー「永い言い訳」西川美和

自分のことしか考えていない男が、「人生は他者だ」と考えるまでに至る映画。これまで複雑なる人間の嘘と本音、悪意と人間関係の葛藤のようなものを描いてきた西川美和は、今回もちょっとひねくれた男を登場させた。

人気小説家の幸夫の本木雅弘がハマり役だ。ちょっと是枝監督の『そして、父になる』の福山雅治のような役回り。いけ好かない自意識過剰なインテリ。冒頭の美容師である妻・夏子(深津絵里)が彼の髪を切るシーンで、嫌味な部分をすべて出している。自分がどう見られているか、そのことしか考えていない。相手(妻)のことにはまるで無関心。妻の夏子は、それでも寛容に、「私は衣笠幸夫くんって名前、好きよ」とやさしく対応している。夫は「カープの鉄人・衣笠祥雄」と自分が同じ名前であるのがイヤらしいのだ。まるで子供だ。そして、バス事故での妻の突然の死。その時、幸夫は自宅で愛人(黒木華)とベッドを共にしていた最低の男。そこからドラマは始まる。

妻とともに死んだ高校時代からの友人(堀内敬子)の夫であるトラック運転手、大宮陽一(竹原ピストル)が幸夫と対称的な男として登場する。やや単純化し過ぎなキャラクターでもあるが、竹原ピストルの相貌はそのまま人間味を感じさせる。そして、陽一の二人の子供、兄の真平と妹の灯の二人の子役が素晴らしい。母の死で困っている子供たちの面倒を幸夫は見るようになる。最初の嫌味な男から急に優しいいい人に変ってしまうのが、最初は違和感を感じたが、後半、幸夫は酔って再び陽一家族に悪態をつく。このいい人でも悪い人でもない幸夫の複雑さがこの映画の見どころだ。

冒頭の妻への横柄な態度、または愛人との身勝手なセックス、メディアでの取り繕うような訳知り顔のインタビュー、編集者たちとの花見の宴での醜態。一方で、子供たちの面倒を見つつ、妻の死への涙を隠さない陽一への羨望も感じている。陽一のように単純になれない自意識。幸夫は妻の死後、人と出会うことによって少しずつ変わっていく。大宮一家との海辺でのピクニックで、子どもたちと楽しそうに遊ぶ妻の幻影を見たりもする。しかし、マネージャーに「子育ては逃避」であり、「自分のダメさを帳消しにする免罪符」だと言われる。

そんなとき、妻の遺品の携帯で、「もう愛していない、ひとかけらも」という下書きメールを幸夫は見る。これは妻の本当の気持ちなのか、あるいは当てつけのように書いてみただけなのか?それとも夫の自分への気持ちを書いただけなのか・・・。すべては何も分からない。西川監督は、観客に何も示さない。下書きメールは謎のままだ。自分への妻の本音だと感じた幸夫は、バス事故のドキュメンタリー番組でディレクターの細かい指示にイラつき、天国の妻へのメッセージで突然キレて暴れ出す。

そんな幸夫だが、いつまでも奥さんを忘れられず、子どもたちのことをちっとも見ていないと陽一に、もっと子供たちの「今」を見ろよ、とまともなアドバイスもする。それが新たな女性が陽一家族の前に現れ、酔って悪態をついた幸夫は、再び自らの孤独に引きこもる。そんな時、陽一がトラックで事故を起こす。幸夫は慌てて子どもたちのもとを訪れ、真平とともに陽一を迎えに行く。その列車の中で、幸夫は真平に「自分のことを大切に思ってくれる人を、決して手放すな」と強く語りかける。「自分の遺伝子をこの世に残したくない」とさえ思う孤独な男は、妻の死、そして他者とやっと向き合えるようになる。そして、あの下書きメールの意味も考え続けるのだろう。

幸夫が小説で書いたように「人生は他者だ」。他者がいて、初めて「私」は形作られる。他者によって、人生は紡がれていき、「私」も変り続けられる。死者もまた他者だ。他者のことをまるで考えていなかった幸夫は、妻の死とともに、永い永い言い訳をしながら、新たな関係を、新たな「私」を歩んでいくことになる。

深津絵里の短いながらも存在感が素晴らしい。そして、子どもたちの好演。これまでの西川美和の人間洞察の怖さという意味では少し物足りない気もしたが、「人にはいろいろな面」があり、他者との関係とともに人生が進んでいくことを描いたいい映画であると思う。
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