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2019年01月11日00:50

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物に纏わるエロの記憶、その5

 SМ雑誌をやっていると、たまに、どうして、こんな女の子がこの世界に、いったい彼女に何があったのか、と、そう思うことがあった。今回の女の子がまさにそうだった。地味で可愛い。高い教養があり常識があり、上品で大人しく、仕事も普通の仕事をしていた。それが、どうして、SМ雑誌のモデルになろうと思ったのか分からなかった。しかも、彼女はNGなしという珍しいモデルだった。そうなれば、雑誌の仕事は多く、スケジュールに空きなど出ないだろうと思われたのだが、何と、彼女には、ほとんど仕事が回っていなかった。理由はかんたんだ。一度、彼女と仕事をしたカメラマンたちが、表情が撮れないので使いようがない、と、そう言っていたからなのだ。そうした評判になると、彼女を使ったことのない編集者でもカメラマンでも彼女を使うことをためらうものなのだ。
 使い道がなくても使えるのがマニア雑誌だった。こちらは表情がないなら、そうしたマニアとして撮影をするという手段があるからだ。
 ところが、実際に会ってみると、想像以上に使うことが難しかった。朝の待ち合わせの時点から、彼女は必要最低限しか会話しないし、その会話中もニコリともしないのだ。会話が詰まり、息が詰まる。その日のロケ地であるところのラブホテルに向かうまでの道で、すでに筆者は彼女に対して事務的な扱いをするようになっていた。スカトロはかなりハードですけど大丈夫ですね、とか。オシッコを飲まされることになりますけど、経験はありますか、と。それに対して彼女は、ただ、はい、ありません、大丈夫です、と、無表情に答えるのだった。
 排泄に対する羞恥もなければ、苦痛を恐れる様子もない。当然だが、快楽など求めていないし、過去に性的に感じたことが一度もないと言っていた。
 一緒にいても、まったく楽しくない。人形を相手にしているようだった。
 ラブホテルでも、脱げと言われれば脱ぐし、足を開けと言えば開く、予定にはないけど本番もするから、と、そう言っても、はい、と、答えるだけ。そんな女の子と何をしても面白いはずもない。
 その彼女が唯一、熱心に語ったことがあった。それは彼女のカバンにひっそりと隠されていたコンパクトについてだった。コンパクトと言っても玩具である。ファンシーショップで売っているような玩具のようなコンパクトではなく、本当に玩具なのだ。そもそも大きさが男性の少し大きめの腕時計の文字盤ぐらいしかない。安いプラスティックで出来ていて、色も子供っぽい。駄菓子屋か何かのおままごとセットのようなコンパクトだった。
「私。子供の頃から喜怒哀楽が分からなかったんです。そして、他人も自分と同じだと思っていたんです。そうしたら、自分と同じように見えても他人は別のものだから、と、そう教えてくれたお姉さんがいたんです。近所のお姉さんでした。そして、この玩具のコンパクトを見せて、鏡の中の自分は自分そのものに見えるけど、でも、よーく見て、ちょっと違うでしょ。他人はもっと違うのよ。だから、それを分からないとダメよ、と、そう言われたんです。そして、これをもらったんです。つまらないと思っても他人は面白いかもしれない。苦しいと思っても他人は嬉しいかもしれない。いつもそう思って、他人の中で他人に合わせて生きて来ることが出来たんです。鏡の中にいるんだから仕方ないんだって、そう思って」
 これは現実ではないと考えて彼女は他人とあまりに違う自分を受け入れて来たのだろう。安いプラスティックのコンパクトは見事なほど色褪せていた。しかし、玩具であるから壊れやすかったろうに、彼女は何年も何十年も、それを持ち続けたのだ。持ち歩き続けたのだ。
 感動がないのではない。まるで感情がないのだ。美味しいも不味いもない。笑うこともない。その代償として、辛いも苦しいもない。痛みにも熱さにも強い。異常なまでに強い。筆者は、長くエロ雑誌にいて、プライベートではモデルと付き合うことがなかった。別にモデルは商品なので手を出してはいけない、と、そんな健全さを持っていたわけではない。モデルと付き合えるほどモテなかったので、あえて、健全さをアピールしていただけなのだ。しかし、この女の子とだけは、プライベートで何度も会うことになった。
 興味があったのだ。映画、演劇、美術館、SМ、スカトロ、スポーツ、カラオケ、どこに連れて行っても、何をさせても、彼女は無表情だった。何をされても平気だった。気が向けばセックスもした。平気だったのだ。しかし、彼女はただのオナホールなのだ。セックスはすぐに飽きた。
 そんな彼女が唯一、人間らしい仕草を見せたことがある。それは、当時、はじまったオカルト雑誌の仕事に彼女をアシスタントとして連れて行ったときだった。無料で使えるアシスタントとして筆者は彼女を連れ歩くことにしたのだ。どうせ恐怖もないのだろうから、と、そう思ったのだ。そして、実際、彼女には恐怖もなかった。
 ところが奈良のホラースポット取材で「鏡石」という巨石の撮影を真夜中にしていたときだった。彼女は無表情なままだが、筆者の腕にしがみついて来たのだ。顔には表情がなかったが、怯えているのが分かった。怖いのかと尋ねると、首を縦に動かした。怖い理由は分からないと言った。
 そして、その日の朝、筆者はホテルで久しぶりに彼女と身体を重ねた。少し感じていたように思った。錯覚かもしれなかった。
 彼女は、しかし、この仕事を最後に、消息を絶ってしまった。まだ、携帯電話などなかった頃の話だ。突然、引っ越されて電話が変わってしまえば、もう消息不明なのだ。そんな時代だったのだ。
 彼女が何に怯え、そして、その後、彼女に何があったのか、筆者には分からない。彼女の持っていた玩具のコンパクトに似た物を他で見ることはないが、本物のコンパクトを見る度に筆者は彼女のことを思い出す。
「鏡の向こうの世界は、同じように見えて、実は、とっても冷たい氷の世界なんですよ」と、何を根拠にしていたのか知らないが、彼女が言ったことを思い出すのだ。
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