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2015年08月17日21:27

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田辺聖子が語る-落窪物語(08)

「鏡にうつる影のように、
わたしはこれから、
あなたに離れずにいたいのです」

「鏡にうつる影とおっしゃいますが、
鏡はどんな人の姿もうつします。
いつかは、あなたのお心の鏡に、
よその女のひとの影がうつるかもしれません。
それを思うと悲しくて。
わたしは生まれてはじめて、学びました。
恋と嫉妬をいつぺんに」

『田辺聖子が語る「落窪物語」』平凡社・1983年の口絵ページより

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図書館で落窪物語関係の本を検索していたら、
『田辺聖子が語る「落窪物語」』
というものが出てきた。田辺には、大人向けと子供向けの2種類の小説化された「落窪物語」があるが、これはエッセイ集か何かだろうかと思った。

僕は、田辺聖子の本は、ほとんど読んだことがない。高校生のときに彼女のエッセイか何かを読んで、「下世話な関西のオバさん」というイメージを彼女に抱いてから、あまり興味を持てなくなっていた。彼女には源氏物語関係の小説やエッセイなどもあるが、読むための優先順位が高いものとは思っていなかった。ただ、落窪物語に関しては、この物語そのものが多分に「下世話」であることもあって、田辺聖子によるものも面白いかも知れないとも思っていた。

書庫から出てきた本の内容は、角川文庫から彼女が出している『おちくぼ姫』と同じものだった。
その点、ちょっと残念であったが、田辺による新たな「あとがき」があり、岡田嘉夫による口絵・挿絵があることが、この本の独自の価値となっていた。「あとがき」も面白かったが、岡田の絵はとてもよかった。

口絵ページに、ヒーローである中将とヒロインである落窪姫のカラーの絵がある。
しかも、その2枚が、元は1枚の絵であるにもかかわらず、見開きではなく、ページの裏表に印刷されている。
そして、それぞれの絵(ページ)に、冒頭に引用した和歌の田辺訳が掲げられている。

「鏡にうつる影のように、
わたしはこれから、
あなたに離れずにいたいのです」

と、姫に擦り寄ろうとする中将の絵があり、ページをめくると、

「鏡にうつる影とおっしゃいますが、
鏡はどんな人の姿もうつします。
いつかは、あなたのお心の鏡に、
よその女のひとの影がうつるかもしれません。
それを思うと悲しくて。
わたしは生まれてはじめて、学びました。
恋と嫉妬をいつぺんに」

と、中将から目を背ける姫の絵があるのである。

これは、なかなかの演出だ。

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この場面は、本文の中にもあるが、「落窪物語」の原文では、以下のようになっている。

「ただ今、
よそにては なほわが恋を ます鏡 添える影とは いかでならまし
とあれば、今日なむ、御返り、
身を去らぬ 影と見えては 真澄鏡 はかなくうつる ことぞ悲しき」

『新版 落窪物語(上)』角川ソフィア文庫・2004年。p.59より

これは、二日目の夜を二人で過ごした翌朝の「後朝」(きぬぎぬ)の文の贈答であり、二人は直に会っているわけではない。
ただ、そうした原典との違いは、田辺の小説にとっては、それほど大きな問題ではないような気がする。

「身を去らぬ影と見えては真澄鏡はかなくうつることぞ悲しき」

この三十一文字(音)を国文学者が訳せば、田辺の書いた台詞よりも短いものになるだろう。
それを、姫の心情に踏み込んで、言外の意味も明らかにした田辺の創作力は、すごいと思う。

岡田が描く姫の絵は、僕のイメージとは少し違っていて、可憐というよりは妖艶な雰囲気となっている。
しかしながら、この口絵ページが、欲しくなってしまった。

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