牛乳まみれの雑巾を水道場で何度も洗う。 雑巾に恐る恐る鼻を近づける。「おえー」 何度洗っても臭い物は臭い。 きーんこーんかーんこーん バケツの縁に雑巾を掛ける。手の平を嗅ぐとほのかな雑巾の残り――後で誰かに嗅がせてやろう。小さな悪戯心
【かねの編】 壺を擦ると福の神が出てきた。「お前の願いを3つ叶えてやろう」 男は言った。「金が欲しい」「承知した」 福の神が背中に背負った袋を開けると一枚の古銭が飛び出してきた。 男は古銭を拾いしげしげと眺めてから言った。「一枚?しかも古銭
「お前がやったんだろ?」 僕は今、取調室で取り調べを受けている。「僕が何をやったんっていうんですか?」「しらばっくれるな!」 一時間ほど前から取調べは進展していない。上の会話のループを繰り返している。「刑事さん。僕は一体何の容疑で取調べを受
「商品に問題があった」とか「返品したい」とか言うつもりはないのです。 ただ修理する方法があれば教えてほしいのです。 直接お店に持っていく方がいいのでしょうけど、電話で失礼します。 先日そちらで購入した砂時計のことです。 いえ、勿論購入後は
そろそろ息が白くなる私は冬が怖い吐いた息の色や輪郭があの瞳に映るから「想いがバレてしまうかも」ため息今はまだ透明だ私はそいつにジャブをかましぶっ飛ばした「バレてしまうならバラせばいい」告げるのではなくバラすのだはっきりと白くくっきりと力強い
青い鳥が空を飛んでる見上げても君には見えないなんたって空も青い幸せは擬態する怒りや悲しみや失意にしっ!今君の肩に青空がとまっているダメ!気付かない振りして前を向いて歩いて逃げちゃわないようにただ前を見て歩いて自分の速度でねそして誰か気になる
物騒な立て札が立っている。曰く――矢で鴨を射らないでください。 『射らないでください』という日本語はどうかと思うがともかく物騒な看板だ。 昔ニュースになったことがあるもう十年以上前かな?矢鴨っていうやつだ。矢が刺さったまま川面を泳いでいる
私の仕事について語ろう――私の仕事、それはアダルトな趣味嗜好を満たすためのものだ。 私は男して舞台に立つ。そしてスポットライトを浴び、一挙手一投足に衆目を集めながら男を演じきる。「穴にぶち込むのが私の仕事だ」 穴と言うと語弊があるのかもし
箱バンの荷室には、血を流さない生首が山ほど積んである。 どれもが長髪であるのは、私の趣味嗜好によるものではない――あくまでそういう注文だから。 ケンチャン……ドウシテ…… 切り離す前に女が言った言葉リフレイン頭痛が酷い運転すらままならない
もしも僕がアルマジロならじゃばら状の関節曲げてハートの形になるだろうそしたら君が拾い上げ背中の土を払ってくれ抱き締めてくれ全身全力で想いを告げる僕を身を守ることしか能のない不細工な鎧閉じ込められた魂その中心の小さな闇を抱きかかえるように僕は
仕事から帰り、部屋の灯りを点ける。シャツを脱いでカゴに投げる、靴下も。椅子に腰掛ける。お気に入りのリクライニング、この部屋の定位置、手を伸ばせばカサカサ音、弄る。湿気った煎餅が一枚出てきた。オートメイションで口の中に入れる。 視界に変なも
「危険です!危険です!」 うつらう意識、霞む視界暗闇に馴染み、ぼやぼやと眼が覚めてくる。目覚まし代わりにしている携帯に手を伸ばし、タップしまくる。見れば時刻は真夜中の4時。「危険です!危険です!」 目覚ましじゃない。天井から声がする。見上げ
「司令官、やはり無理なようです」「何ぃ?作戦通りに実行したのか?」「はい、直接脳にアクセスすることが困難であったため、プランBを実行しました。内臓と連携し神経伝達物質分泌を介して脳に働きかけたのですが、人間を思いとどませることはできませんで
########## ――女子にファーストキスを奪われた。スーパーのトイレで。思い出すたび、涙ぐむ。情けない。どうして抵抗しなかったんだ。畜生!なんなんだあの女、「チンコ握る」とか頭おかしいんじゃないか?「牧野君」「ああ、篠宮さん」「何考えてたの」
########## 化学の教師を何回も刺した。でも残念ながらぴんぴんしている。そして放課後、下駄箱を開ける。「ふふ、入っている」 紙があった。地蔵の書いた紙。「どれどれ――」 蝶は飛んでいるのではない彷徨っているのだ 今はビルとなった故郷に母
窓際の席、校庭が季節に侵食されている。 机に伏せて顔だけ外に向け、チョークが黒板をチョップする音を聞いている。教師は私を注意しない。もう諦めたようだありがとう。長針を追い抜けない短針のやる気のなさ、いつか分解して改造してやる。五時間目はこ
『エメラルドバームクーヘン』『エメラルドバームクーヘン』エメラルドの光でバームクーヘンを照らしてくれビデオデッキがイルカの死体を吐き出す前にこの世界に映る全ての美しきものよきんぴらゴボウを攪拌するが良い煌めけ『エメラルドバームクーヘン』どぶ
アパートのカギを開けようとポケットをまさぐっていると――「だ〜れだっ?」 いきなり視界を塞がれた。「美香だろ?」 聞きなれた彼女の声。30近い年齢になってもこういうおちゃめないたずらを仕掛けてくる所が可愛い。「違うよ」「え?」「美香じゃな
大波大風船が座礁し、持ちこたえられず大破。皆一様に海に放り出された。俺は船の残骸板っ切れに必死にしがみつき漂流、何日も。見渡す限りの水平線。ギラギラと照り付ける日差し。カラカラに乾いた喉。意識を失う。 #########「痛!」 耳を手で払う。
モチーフは一緒だ。だがモチベーションは違う。 しかしこれほどの差がでるものだろうか?俺もアイツも、言わば同じ素材からつくられた存在なのに…… アイツ、あまりにも眩しい存在――世界中の子供たち、いや子供に限らず老若男女が夢中だ。当たり前のよ
「全体的に短くしてもらって、その、フレッシュな感じにしてください」「はい」 僕は今、床屋さんにいる。午後から面接だ。刈りたての短い髪はきっと面接官に好印象を与えるに違いない!――それにしても……眠い……明け方まで面接対策本を読んでて、結局2
「この店のキーマンだ君は。わが社初の試となるわけだが大いに期待いしているよ」「有難うございます」 オープン日、某100円均一の店頭に立ち岸川信子は緊張してた。コンシェルジュ――フランス語で管理人という意味らしいが、ビジネス用語的には『総合世話
「パパ!今度こそ絶対だよ」「分かってるよミキ」「本当に本当に絶対だよ」「ああ、約束だ」「パパ、そういってもう4回もミキとの約束破ったんだからね」「すまないと思っているよでも分かっておくれミキ、パパはお仕事が忙しくて――」「ヤメテ!いっつもそ
彼女を忘れたい――俺の望みはそれだけだ。信号を待ちをしていても、ご飯を炊いていても、Excelのセルを拡大していても――彼女のことを思い出し、熱くなる。目頭が――線香を押し付けられたように痛みを伴う熱で疼く。涙では鎮火できそうもない。 『思い
河原に男がいる。河原といっても水無し河で、どこまで行っても丸こくて小さな石が地面を埋め尽くしているだけ。男と小石と時間、それだけがそこにある。 何もすることが無い。仕方がないので、男は石を積み始めた。できるだけ平たくて大きな石から始めて、
朝の光が窓辺に腰かけている。そろそろ午後になる。昼の光がやってきて話しかけてきた。「交代だぞ」「分かっている。ちょっと待ってくれ」 昼の光は不機嫌そうに、「待てないよ。だってもう時間だぞ」と言った。「朝の光は分かっている」と言うには言うが
「生きなきゃ……」 羽化に失敗した蝶、湿った地面でバウンドし転がる。小石に打ち付けてしまった皺皺の翅が、深刻な角度で捻じくれている。うわ言のように前言を繰り返し、柊の幹に向かって這う。まだ乾ききっていない脚、これもまたあらぬ方向に曲がってし
仕上げにガスバーナーで表面を軽く炙って焦げ目を付けた感情を僕は水曜日と木曜日の間に稀に存在するという閏曜日に、明確にそうこれ以上なく明確に曖昧なままにしておこうと決意、いや決うぃしたのです。なぜならばそれは蒼天に輝く昴のようにあるんだろう
季節が巡る。春夏秋冬、どの季節にも君の思い出が張り付いていて、僕は逃げ場を失う。 思い出すことも忘れることもできない。ただいつまでも僕の中にいる。 風の匂いが乾いてきた。ぼちぼち冬が来る。怖いよ。君の温もりがこの肌に再生されるから。きっと