「真っ赤な嘘なんて言うけど、じゃあ真実は何色なんだろう?」 僕の問いかけに、彼女は緩慢に煙草を皿に押し付け、一点見つめの掠れ声で。「真実って何?」 僕は戸惑った。「真実は真実だよ」「そんなもの、このセカイにあるの?」 僕は口ごもる。「血と炎
冬が嫌いだ。感情が目に見えてしまうから。 私は自分のため息を睨みつける。白く濁った小さな気体、これは紛れもなく私の肺が吐き出した憂いだ。まるですぐ壊れる雲のおもちゃ。感慨が輪郭を得る前に霧散して消える。夏は透明だった感情が、冬は白くなる。
〈あれに噛み砕かれるのは御免だ〉 ジョーイは弾丸となって海面を目指す。 ジョーイの尾のすぐそこまで迫る巨大な唇。 鮪だ。どこまでも追跡してくる殺意。〈ヤツも必死だ〉 切れ目のない水の青さに戸惑うジョーイ。焦る。深度は?海面はまだか?1センチに
先日公開された映画、『子猫とひよこの物語』の作中に出てくるひよこのセリフに焦点を当て、作品を振り返るセリフ集です。 まだ映画をご覧になっていない方は、まずは映画をご覧になってから、お読みください。【序詞に変えて】飛べない空なんてないきっと
テーブルの上に一秒があった。 一秒が透明なままテーブルの上に滞空している。テーブルの向こうには彼女。僕と彼女の視線が無垢な一秒を宙で挟み込んでいる。 テーブルの上に、カップが二つあった。 カップには、北欧の暗海みたいなコーヒーが注がれてい
(豆腐を取りたい) と、思ったが、台車が棚の前に置かれているため、ぎりぎり手が届かない。台車の上には、今から陳列されるであろう商品が山積み。台車の横には、白字に赤文字のユニフォーム、文字はドラッグストアの店名。シャツを着ているのは二十代くら
毎朝車で通る道を何となく歩いていた。「こんな所に花屋さん?」漏らした独り言に呼び止められ、立ちつくす。 ビルとビルの僅かな間隙目掛け、エイヤと建築したような痩せたビルの一階、排気ガスでくすんだ軒を、帽子の鍔のように目深に被った小さな店。小
孤独と涙腺が枕の上で殺し合いをしている。夜が孤独に加勢する。涙腺が後ずさる。 置き時計のデジタル光が明滅し、私の網膜を何度も何度も優しく殴打する。「私は自傷する」 あの人の為に。私の傷つく様を見て、あの人が笑うから。私の傷が深ければ深いほ
第三問(5点) タカシくんがハナコちゃんを想うときの感情の高ぶりを数値として示せ。(尚、2人はまだ手をつないだことがないものとする)「はい、じゃあね。中間試験前のミニテストの答え合わせね。やるね。第三問ね。まずは誰か前に出てきてもらって、自分
『ラグビーは、試合終了後から始まる人間競技である』と、或る詩人が言ったか言わないか知らない。 『ノーサイド』という言葉に、武士道的潔さを感じるのは自分だけだろうか? 肉体と肉体を激しくぶつけ合えば、どうしても魂というものも肉体にくっついて
火葬場で焼き上がりを待つ親類の集まりから、焦れた子どもが一人、二人と脱落し、中庭に降りてゆく。無理もない。よく我慢した方だ。今日一日ずっと、幼い体に漲るエネルギーを抑えつけていたのだ。 大人たちは、子どもらを制止する気力も残っていないよう