しらばっくれるな！

「お前がやったんだろ？」
　僕は今、取調室で取り調べを受けている。
「僕が何をやったんっていうんですか？」
「しらばっくれるな！」

　一時間ほど前から取調べは進展していない。上の会話のループを繰り返している。
「刑事さん。僕は一体何の容疑で取調べを受けているんですか？」
「しらばっくれるな！」
「いや、だからですね、しらばっくれる以前の問題として僕が一体何の容疑で取調べを受けているのか教えてもらえませんか？」
　刑事はゆっくりと椅子から立ち上がりぐるぐると僕の周りを歩きながら言う。
「容疑者が有利になるような情報は一切教えられん」
「いや有利とか不利とかじゃなくて、容疑を教えてください！僕が一体何をやったっていうんですか？」
「しらばっくれるな！」
「それ言いたいだけじゃないですか？その台詞に酔ってませんか？とにかく容疑が何なのか言ってくれないと話が先に進みませんよ」
「自白しろ」
「何をですか？」
「お前がやったんだろ？」
「何をですか？」
「だからそれを自白しろ」
「そんな無茶な！第一僕は何もやっていません」
「ほー、ついに容疑を否認し始めたな」
「いや否認も何も――」
「さあ、言え！お前は何をやったんだ？」
「逆に教えてください」
「それは言えん」
「どうしてですか？」
「それも言えん」
「正直に言います。僕には思い当たることがありません。犯罪じみた事をした自覚も記憶もありません！」
「記憶にありませんか――犯罪者の常套句だな」
「いやそれってどちらかというと政治家の常套句ですよ」
「しらばっくれんな！」
「いや、今のは間違いを指摘しただけです」
「それをしらばくれるというのだ」
「いや、言わないです。刑事さん意味分かって使ってますか？」
「その質問には答えん」
「少しは僕の質問にも答えてくれませんか？」
「本官には黙秘権が有る」
「いや、それは本来こっちのセリフです」
「さっきから意味不明な供述ばかり繰り返しやがって、ははぁ、さてはお前精神鑑定に持ちこむ腹だな？」
「どいうことですか？」
「しらばっくれるな！ドラマで見たことあるだろ？鑑定の結果責任能力なしということで無罪というやつだ。それを狙って狂ったようにしらばっくれ続けているんだな？」
「そんなつもりないです！」
「お前、いい加減、しらばっくれ疲れてきたんじゃないのか？そんなにしらばっくれまくって良心が痛まないのか？」
「痛みません！だってしらばっくれてませんから」
「しらばっくれずに吐け！」
「何をですか？何を吐けっていうんですか？教えてください」
「嫌だ！黙秘する」

　ぷちっ

「じゃあ、やってません！」
「お、いよいよ本格的にしらばっくれはじめたな」
「はいはいそうです。今からお望みどおりしらばっくれます。断じて僕はやってません」
「ふふふそうか、やってないのか？さぁ言え！何をやっていないんだ？」
「…………」
「ほー、しらばっくれる気か？面白い」
　刑事はぐるりと椅子の向きを変え背もたれを抱くような姿勢で座る。
「こうなったら根くらべだな。果たしていつまで、しらばっくれ続けることができるかな？」

　…………駄目だ。こうなったらいっそのこと。

「刑事さん、僕がやりました」
　刑事は右の眉をぐっと押し上げ斜に構えて言う。
「しらばっくれるな！お前の自供は信用できん」
「そ、そんな、罪に服しますから話を進めてください」
「信用できんと言っている」
「どうしたら信用してくれますか？」
「しらばっくれるのを止めろ」
「すいません。ちょっとスマホで調べていいですか？軽くゲシュタルト崩壊寸前で『しらばっくれる』の意味が分からなくなってきて――」
「駄目だ！そんなことを許したら、言葉の意味通りに本格的にしらばっくれ始めるかもしれんからな」
「そんなことしませんよ！」
「しらばっくれるな！」
「僕はやってません！」
「しらばっくれるな！」
「じゃあ僕がやりました！」
「しらばっくれるな！」
「しらばっくれてませんっ！」
「しばらっく、くれるな！」
「言い過ぎて噛んでるじゃないですか！」
「黙秘する」
　
　否定しても無駄、自白しても無駄。肝心の容疑についてはなぜか黙秘される――ははは、このままじゃ本当に精神鑑定が必要になってしまう……しらばっくれるのを止めたいけど、しらばっくれるのが意味が崩壊してきて、今や自分がしらばっくれているのかそうでないのかすら分からない。
　
　時計の音が耳に痛いほどの沈黙。

「刑事さん。僕の容疑を教えてください」
「それは言えん」
「しらばっくれるんですか？」
「な？なにぃ？」
「しらばっくれるな！」
「ほ、本官は、しらばっくれてなどいない」
「いや、しらばっくれてますよ。どうなんです？」

　刑事がスマホを取り出して何やら調べ始めた。そんなことをしても意味なんかない。そう意味なんかないんだよ刑事さん。

　反撃開始だ！

　つづく……？