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2020年10月17日15:14

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神経細胞戦記――落涙防止作戦の大敗

「司令官、やはり無理なようです」
「何ぃ?作戦通りに実行したのか?」
「はい、直接脳にアクセスすることが困難であったため、プランBを実行しました。内臓と連携し神経伝達物質分泌を介して脳に働きかけたのですが、人間を思いとどませることはできませんでした」
「クソっ!この人間は何を考えているんだ?!」
「分かりません」
「我々神経細胞にだって結果は分かっている」
「はい」
「なのにこの人間ときたら――しかたない、只今を以って作戦はプランDへと移行する」
「司令官っ!しかしまだプランCが――」
「こうなってしまっては無駄だ。成功する可能性は限りなく低い」
「でも今計画を止めてしまってはプランCに従事している細胞たちを見殺しにすることになります」
「分かっている。辛い決断だが仕方ない。このままではこの人間は極端な手段を選びかねない」
「極端な手段?」
「つまり自殺だ。そうなると我々に限らず、すべての細胞が死滅することになる」
「そんな……」
「我々がアトポーシス(細胞の自死)により恒常性を保つように、人間も自死するのだ」
「でも人間が自死した場合に我々のように細胞の入れ替えがあるわけではないわけですよね?」
「そうだ」
「ならば何故――」
「分からんっ!だが実際に人間は自死するのだ。ともかく全力で阻止するぞ!各員配置に着け」
「copy」
「ではプランcを再確認しておく。今からこの人間は対象に『告白』という儀式を行う。この儀式については深く触れないがいわば性交渉のごく初期段階の行程だと認識しておけばいい。ともかく『告白』が行われたあとに、対象はそれを拒絶する。この件に関しては全神経細胞が集結して演算した結果99.6%という確率が算出されたため、まず間違いはない。問題は拒絶のあとだ。対象に拒絶されたこの人間は失恋という状態になる。そして、かなりの衝撃が全細胞に襲い掛かる。人間の選択が、自死にまでは至らないとしても自傷という行為を取る可能性もあり得る。また栄養または水分補給を拒み続け、多くの細胞が餓死することも予見される。さらにストレスによるコルチゾール等の酵素、または血管の収縮による血流悪化等からも多くの被害が予想される。そこでだ」

 司令官は軽い咳を幾度も咳を吐き出し、続ける。
「神経細胞諸君、我々が全細胞のために尽力する。いや、死力を尽くす。作戦はシンプルだ。涙腺付近に伝達物資を集中させ、涙の放出を防ぐのだ。良いか?告白からの拒絶そして落涙といった流れを断ち切る。それが、人間のダメージを最小限に抑える方法だ」
「司令官、宜しいですか?」
「なんだ?」
「私思いますに、逆に思いっきり泣いてしまうという方法はあり得ないのでしょうか?そのほうがダメージが抑えられるかもしれないかと――」
「駄目だ。確かに涙腺はいずれ決壊させねばならん。落涙は避けられないし、副指令の言うように落涙によってダメージが拡散するケースもある。だがそのタイミングは、拒絶直後ではない。理由は、基本的には人間同士の関係性に於ける機微によるものだ。諸君らに納得で得る範囲で言うならば、この人間が男性であることも重要な因子の一つだ」
「……理解はできませんが、了解しました」
「良し、では全神経細胞、涙腺に意識を集中させろ、何としても落涙を防げ、そして全細胞に告ぐ。衝撃に備えよ。これは訓練ではない。衝撃に備えよ」

 ……………

「司令官っ」
「……どういうことだ。衝撃がないぞ」
「どうやら告白が成功してしまった模様です」
「そんなバカな!0.4%の成功率だぞ」
「はい、でも現実です。我々の演算に欠陥があったとしか思われません」
「人間の様子はどうだ?」
「心拍数、血圧ともに異常はありません。というよりも茫然自失といった様子です」
「本人も成功するとは思ってなかったんだろう」
「司令官っ!」
「今度は何だ?」
「大変です。涙腺が決壊しそうです」
「…………」
「如何いたしましょう」
「構わん。放出しろ」
「え?でもこの人間は男性ですから、その、人間の機微に照らせばこういった場合に落涙するのはまずいのでは――」
「構わんと言っておる」
「はい」
「バカバカしい。なんの為にこんな思いをしなければならなかったのか――」
「でも危機は去りました。良かったです」
「まだまだだ。これから先も多くの危機が訪れることだろう。我々に安息はないのだ」
「copy!」
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