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2014年11月22日01:07

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判官びいき−義経記(6)

「 源義経といえば、かつては豊臣秀吉と並んで国民的英雄であった。」
「義経は出自のよさと数奇な運命。更にその華麗な勇姿と赫々たる戦歴にもかかわらず、三十一歳という若さで自決に追い込まれた。
 この華と悲運が、いやが上にも人々の同情と哀惜をそそったそして後年、『判官屓(ほうがんびいき)』ということばまで生まれた。『判官屓』とは、義経の不運を哀しんだことから、弱者や敗者に対する同情的な気持ちを表わすものである」
 横文字が氾濫する今日、『判官屓』などという故事からできたことばを聞くことも少なくなった。
 それに近年、義経も秀吉も国民的英雄とは言えなくなってきた。」
「義経の影はまったく薄れてしまった。その理由には、成功者ではなかったことも指摘できよう。
 平成の日本人は、福祉を謳いながらも、歴史上の事件や人物に対して、敗者への思いやりや、ものの哀れに鈍感になってしまっているような気がする。
 ところが江戸時代はそうではなかった。義経は見事に人形浄瑠璃や歌舞伎の世界に生かされていた。云わく『義経千本桜』や『勧進帳』の類である。」

中島道子『源義経と静御前』(PHP文庫)「あとがき」(p.388〜389)より

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50歳の僕にとっては、「義経(よしつね)」という人名は「判官びいき」という言葉と深く結びついている。
しかし、若い人にとっては、どうだろうか。「判官びいき」という言葉が、死語となってしまう日が来るのだろうか。

中島は、最近の日本人が「敗者への思いやりや、ものの哀れに鈍感になってしまっている」ことを指摘している。確かにそうかも知れない。
現代の日本人にも、弱者を思いやる気持ちは残っていると思う。ただ、「判官びいき」という感情を生み出したのは、強者が弱者に対して示す哀れみの気持ち、安定した者が不安定な者に対して示す憐憫というものではないような気がする。(健常者の障碍者に対する気持ちには様々なものがあるので、ここでは挙げない。)

「ものの哀れ」という言葉は、「あはれ」が普遍的なものであること示している。今は「彼」が「哀れ」であるが、いつしか私も「哀れ」になるのである。「盛者必衰」が理(ことわり)であるのだから、「今」最高の繁栄や栄誉を誇っている者でさえ、いつかは「哀れ」になるのである。

「判官びいき」という言葉は、こうした「理」に支配されながら生きる者の自然な心情であったのではないだろうか。誰もが「はかない」宿命にある。だからこそ、劇的に「はかない」運命を辿った者に対して、心の底からの共感・同情(シンパシー)の念が必然的に生まれたのではないだろうか。

資本主義的価値観は、このような「はかなさ」を認めない。個々の経済主体(個人・企業)は、競争の中で淘汰されることがある。しかし、個々の経済主体は、自分自身の永続性を「前提」として生きていく。そこでは、生き延びるものと滅びるものが切り分けられる。生き延びようとするものは、「前」(あるいは「上」)だけを見続ける。「後」を振り返ったり、「下」を見ようとはしない。たとえ、明日は自分が「そこ」にいるかも知れないとしても。

資本主義的な原理や市場の力学が社会の論理を侵食していくとしたら。もし、この趨勢が止まらないならば、そう遠くない将来において、「日本語」から「判官びいき」という言葉は消え去ってしまうだろう。

■義経記
(1)祖父からの伝承(2014年10月25日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1934261371&owner_id=2312860
(2)忠信最期の事(1)(2014年10月30日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1934506092&owner_id=2312860
(3)あだなるは女の心−忠信最期の事(2)(2014年11月01日)
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(4)はかなさについて(女の場合)(2014年11月12日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1935045162&owner_id=2312860
(5)仏教と武士道(2014年11月20日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1935366830&owner_id=2312860

■義経デジタル文庫
http://www.st.rim.or.jp/~success/bunko_yositune.html

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