英訳版の翻訳者と読者に対して、『存在と時間』が特別な諸問題を提起することには、いくつかの理由がある。三つの側面は特に注目を要するものであり、それゆえ、ここでコメントしておく必要があるだろう。
第一に、ハイデガーが数多くのドイツ語の新語を『存在と時間』に導入しているということに耐えなければならない。Befindlichkeitなどという言葉は、ドイツ語の日常的な句（wie befinden Sie sich?—“How are you doing?”）と明白な関係があるので、ドイツ人には充分に理解できるものだ。しかし、ここでは、ハイデガーが独自の意味で用いている［own coinage］ため、ドイツ人の読者にとっても難解なものとなっている。典型的な場合、ハイデガーの新語は、日常的な句や語と強い関係を有しているので、そのために奇妙さと親しみの不思議な混合［a curious mix of strangeness and familiarity］を示している。
第二に、ハイデガーはしばしば、全く普通な語彙を普通ではない方法で用いている。この点で最も分かりやすい例は、彼の「Dasein」という言葉の遣い方だ。この言葉は、（たとえば、ヘーゲルの『論理学』の中の概念でもあるように）哲学用語としての長い歴史を持っているが、そのことを離れても、日常会話の中で使われている言葉である。『存在と時間』におけるハイデガーの意図のひとつは、この言葉を再定義［re-appropriate］し、この言葉の日常的な意味を完全には否定することなく、この言葉に新しい意味を与えることだった。再び言うならば、ドイツ人の読者は、ハイデガーのこのような言葉の遣い方の中に、一種の親密さと奇妙さの魔術［alchemy of familiarity and strangeness］を見出すかもしれない。
第三に、『存在と時間』の中でハイデガーは、全く伝統的な哲学的語彙を遣っているが、彼はこれらの言葉を全く新しく、むしろ非伝統的な意味で用いている。Wahrheit（"truth”）やSein（”being”）などといった言葉は、翻訳者と読者が直面する最も分かりやすい例にすぎない。
Translator’s Preface to “Being and Time—A Translation of Sein
und Zeit”by Joan Stambaugh
（原文には段落はありません。）
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昨日ご紹介した『存在と時間』の新英訳の訳者Stambaugh教授による「訳者まえがき」の冒頭部分の豚訳です。この「訳者まえがき」では、３０年以上前（１９６２年）に出されたMacquarrie & Robinsonによる最初の英訳が、その後に進展したハイデガー研究の成果から見ると問題があることが指摘され、いくつかの変更すべき訳語について説明しています。
なお、訳者紹介によれば、彼女は「ハイデガーの教え子のひとり（one of
Heidegger’s student）」とのこと。で、少し調べてみたら、仏教哲学も（京都学派も？）研究しているみたい。
https://www.worldwisdom.com/Public/Authors/Detail.asp?AuthorID=178&WhatType=1
ところで、昨日問題となっていた『存在と時間』第４８節の引用文の邦訳をふたつほど記しておきます。
「人間（ひと）は生まれたトタンに、死んでもおかしくないほど年とっているのさ」
桑木務訳（岩波文庫・中巻p.223）
「人間は生まれ出るやいなや、ただちに十分死ぬ年齢になっているのである」
原祐・渡邊二郎訳（中公クラシックス・�挟�p.276）
＜『存在と時間』の英訳＞
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=577063386&owner_id=2312860
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