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2026年10月02日07:45

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「虚空の三角ベース」 ――石原慎太郎とコープ・オリンピアの闇、そして欲望の戦後性(後編)

「虚空の三角ベース」
――石原慎太郎とコープ・オリンピアの闇、そして欲望の戦後性(後編)


(さあ、秘密が明かされて行く後編のはじまりです。あなたは戦後の「三角ベース」の崩壊を目の前に見とどけて行くことになります。原宿の虚空に浮かんだ「三角ベース」は、夢のように軋み揺れ壊れて行く。その様を、さあ、目撃者になってください)


 5:三角ベースの崩壊と自前の陥穽(1990年代末〜2010年代)

 密室の三角ベースは壊れはじめていた。
 藤島が亡くなり、石原が自前で工作をはじめると仕組みは軋みを見せ始める。
 1997年、コープ・オリンピアの厚い壁の中で、石原慎太郎の「下半身」と政治的野心を時にプロデュースし、防壁となって世間の目から隠し続けてきた最大の黒幕・藤島泰輔がこの世を去った。ジャニーも、メリーも、やがて消えゆく時間の檻の中にいた。

 互いの闇を共有し、相互に領域を保証し合っていた「石原・藤島・ジャニー」という密室の三角ベースは、その最も強固な一角を失ったことで、決定的に崩壊へと向かい始める。
 最大の庇護者を失った石原を襲ったのは、老いへの恐怖と、国政の頂点(総理の座)へ返り咲くことへの凄まじい焦燥だった。黒幕を失った太陽の教祖は、もはや四谷の「スポット」の人脈に頼るのではなく、自らの手で巨大な軍資金を生み出す「自前のシステム」を必要とした。

 1999年、石原は突如として都知事選に出馬し、首都・東京の権力を掌握する。そして彼が強引に国政復帰への軍資金調達の工作として嵌め込んだのが、総額数千億円が動く「築地市場の豊洲移転プロジェクト」だった。
 なぜ、東京ガスの工場跡地という、ベンゼンやヒ素といった汚染物質が残る土地でなければならなかったのか。それは、東京ガスへの瑕疵担保責任(汚染処理責任)を都の権力で免除する代わりに、様々な利権の網の目を通じて、石原系の政治資金や彼が立ち上げた「新銀行東京」へと莫大な資金を還流させるための、冷徹な上納システムであったとも指摘されている。

 だが、国家の防壁なき「自前の工作」は、最初から無理があった。かつてメリー喜多川が実践したような「完璧な情報統制」のノウハウを持たない石原の強引なシステムは、都議会やメディア、そして時代の変化(インターネットの普及)の中で、徐々に隠しきれない軋みを見せ始める。
 その軋みを隠すように、石原の都知事としての生活は欺瞞に満ちていった。

 最後の都知事就任時を含め、彼は「週に3日」しか都庁に登庁しなかった。出勤1日あたり約18万円相当の税金を貪りながら、黒塗りの公用車センチュリーを走らせ、彼は3つのスポットを往復するだけの徹底したエピキュリアン(快楽主義者)として君臨した。
 田園調布の自宅で「清潔で厳格な家父長」という世間向けの虚像(ステージ)を演じ、
 原宿のコープ・オリンピアの密室へ庁外の時間を使って吸い込まれ、愛人と隠し子を囲い続け、
 週末になれば、自らの原点である逗子・葉山の海へ逃れ、ヨットの上で「やりたいことをやるだけだ」という戦後的なエゴを全開にする。

「息子たちを全員、税金で食わせる」という公私混同を、議会で追及されれば
「能力がある」
「メディアの卑しい嫉妬だ」
と顔を真っ赤にして逆ギレし、
「血筋は政治家の資質だ」
と悪平等主義を批判する言葉のレトリックで居直る。他者にはストイシズムを要求しながら、自分自身は戦後利権の甘い汁を吸い尽くす、彼が最も嫌悪したはずの露悪な「戦後の姿」がそこにあった。

 しかし、仕組みの軋みは、ついに彼自身を裏切る。

 2017年、豊洲市場の汚染問題を巡り、都議会の百条委員会という公の白日の下に引きずり出された石原慎太郎の姿に、かつての文壇の旗手の面影は微塵もなかった。
「当時の部下に一任していた」
「私は専門家ではないからわからない」
 かつて国家の大局を傲然と語った男は、自らの工作の責任を問われると、ただ弱々しく責任を回避するかのような言葉を重ねるばかりの、哀れな老兵へと成り下がっていた。三角ベースが壊れたその場所で、彼は自らが嵌め込んだ自前の陥穽(かんせい)に嵌まり、戦後の欺瞞のシステムとともに、静かに崩壊していったのである。

 ぼくは、いま表参道を歩いている。確かにぼくも歳を取った。だが、表参道のドラマの主人公たちは次々と姿を隠そうとしている。あの巨大なコンクリートの要塞が、白日の下に引き裂かれていくように、時代の終わりが足元まで迫っている。

 いよいよ最後の答えを出さないといけないだろう。それが役目というものだ。


 6:石原慎太郎の霊言:お前たちへの最期の回答

 最後の著書『私という男の生涯』に沿って、石原慎太郎をなぞってみようか。
 言わば「偽の自分語り」だ。
 では、私なりに自分語りを真似てみよう。君には、面白くないかもしれないが、ちょっとした余興だ。

「お前たちなあ、そんな奴のことほっとけよ。
 だいたい、他人の下半身だの、原宿のマンションの裏側だのをコソコソ覗き見ようとする了見が、いかにも小市民らしくて卑しいんだよ。

 まあいいさ。お前たちの言う通り、俺は国家だの英霊だの、大層な神輿(みこし)を担いで見せたがね、そんなものは全部、俺という人間をこの狭苦しい戦後日本で暴れさせるための『切符』みたいなものさ。あんな憲法を拝んで、アメリカの顔色を窺って、ちっぽけな平和にぬくぬくと浸かっている奴らをまともに相手にできんよ。
 俺は湘南の海でグラマンに狙われた時に気づいてたよ。この世界は、剥き出しの暴力と、それをねじ伏せる圧倒的なエゴ(欲望)しかないってな。だから、俺は俺のやりたいことを、やっただけだ。小説を書き、ヨットを走らせ、都知事の権力を使ってゼネコンや役人を顎で使い、好きな女を呼び寄せ、身内に美味い汁を吸わせる。ストイック? 馬鹿を言うな。そんな窮屈な真似は、三島(由紀夫)みたいな狂人に任せておけばいいんだ。

 確かに、俺が馬鹿にし続けた、自堕落で、利己的で、アメリカの影にすがる『戦後日本』――その沼の中に、誰よりも深く浸かっていたのは、この俺だったのかもしれないな。
 だがな、これ以上のロマンがどこにある。
 だからな、お前たちもいつまでも死んだ俺の足跡なんか追いかけてないで、もっと自分のエゴを剥き出しにして生きたらどうだ。たけしの野郎が言う『おでんの気持ち』だか何だか知らんがね、瑣末な感傷に浸っている暇があったら、自分の腿(もも)を引っ提げて、時代をブン殴りに行けよ」

          *

 本当のところ、石原慎太郎、その戦後性に満ちた男の生涯を、自分でどう語るだろうか。
「お前たちなあ、そんな奴のことほっとけよ」とやっぱり言うのだろうか。
 では、聞こう、石原慎太郎、君は何に殉じたのか。
 何にも殉じなかった、それが、君の正体だ。
 唯一、君の欲望に殉じた、と言えるのだろう。
 そして、それは、君がもっとも嫌う戦後的な姿だった。

 お前には「おでんの気持ち」は、わかるわけはない。
 サヨナラ、戦後の人。

 ―了―
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