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2026年08月28日17:11

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キミは「ゆきゆきて、神軍」を見たか。

(2008年11月26日掲載の日記を加筆、現在の感想を前文として再々掲載しています)


「ゆきゆきて、神軍」は天皇を撃った男のその後を撮らえた映画で、それは、凄まじい熱気と時代に捻転した意志を持った男のドキュメント、だった。
 捻転する男、奥崎謙三。これが、ぼくがつけた奥崎へのタイトルだ。

 だいぶ前になるが『ヤマザキ、天皇を撃て』という本があり、その本は「話の特集」にしか広告されていない特殊な本だった。「話の特集」A5判という小さな判面の中の、小さな広告。タイトルを見れば、普通の雑誌がその広告を載せるわけがないのはすぐにわかる。
 
 でもぼくは、本の題『天皇を撃て』事件がずっと心に残っていた。
「さあ、あの本の男はどうしたんだろうか」
 ぼんやりと頭の隅に居続けた、捻転した男が10数年後、忽然と映画となって姿を見せた。
 ぼくは驚いて映画館に走った。封切りになって3日目くらいだったと思う。ぼんやりとした興味は5分で吹き飛んだ。すでに老境の男はいまだに戦中と格闘をしていた。疲れを知らない(子供ではなく)奥崎の姿。命がけというより、一面に命をぶちまけていた。

 この映画を劇場で見た人はもう少ないだろう。ぼくが、ユーロスペースの暗闇で気がついたことは、もはや自分が明らかに証人の仲間入りをしているということだった。少しだが追走をしていたぼくは、クラクラと奥崎の戦後に迷い込んでいた。だからこの映画のことは書いておかなきゃ、と思った。迷い込んだにしろ、証人だからね。
(気分が悪い「映画ランク1位」だったりするので、このあたりで記憶している人も何人かはいるのだろう)それはそれとして、話しを進めよう。

(ぼくと奥崎のわずかな関わり年表)
1969年 天皇パチンコ玉事件
1987年「ゆきゆきて、神軍」公開
2008年 ぼくの原稿初出
2023年 原稿再掲載
2026年 原稿再々掲載

                 ○
  
 神軍、平等兵 奥崎謙三。

 なんてすばらしいレトリックだろうね。
 皇軍ではなく神軍で、上等兵でもなく二等兵でもなく、平等兵なんだ。ぼくはこの華麗なキャッチというか名称を見て、クラクラっときたおぼえがある。蹴たぐりなんてもんじゃない、頭の中でそれこそボコンと開いた音がしたようだった。

 異色のドキュメント「ゆきゆきて、神軍」は、この奥崎謙三のその後を撮らえた映画だ。

 その後とはなんなのか。あー、言いずらいなあ。言いずらいけど言おう奥崎謙三は天皇陛下にパチンコ玉を撃った犯人だ。
『ヤマザキ、天皇を撃て』と絶叫しながらね。
 カメラは大きく揺れた。
(映像の中で、奥崎謙三は絶叫しているのだが、再映される時、声は消されていた)

 1969年の一般参賀で起こした事件なのだが、ひそかに日本中に衝撃を与えた。「ひそかに」というのは、あまり口に出さないけど実はしっかりみんなおぼえているよ、という状態。ぴったりと口を閉じているのだけど、ずーっとおぼえていたんだね。なにしろ相手は天皇だからね。


 戦後この方、天皇の戦争責任を言い出すものは、この国に誰ひとりいなかった。「ひとりくらい居てもいいんじゃないの」と、ぼくも思っていたし、隠れ責任論の人はかなりの居たと思う。
 いつも温厚な酒屋のオヤジが天皇陛下が乗ったクルマが家の側の国道を行き過ぎる時にやにはに(ぼくは隣にいた)
「天皇陛下バンザーイ」
と絶叫したので、あまりの意外性にどぎもを抜かれたおぼえがある。小学生のぼくとしては「なんか変だぞ、この国」と思うしかなかったんだけどね。

 そんな中、(天皇責任論者)がこの世に登場したのはまさに奥崎謙三がはじめてだった。それもパチンコ玉を乱射(5発かな)しながらテレビの実況で登場するという桁外れの意外性で、みんなを一斉に黙らせてしまった。

(『朕はたらふく食っている』などのイデオロギー的なものはあるにはあったようだけど、一市民、一兵卒からの生な直接的な告発ははじめて。メディアでは、「朝まで生テレビ」で扱ったのが、はじめてのはず)

 ぼくは、その事件の時からずっと思っていた、奥崎謙三は「戦後民主主義を先取りした人間」ではないのか、と。
 もっともわかりやすい例、絶叫した瞬間、奥崎と天皇は1対1の関係となり、つまり戦後の形、平等をあっという間に現出させている。

 戦争中、饑餓のニューギニアで、食料を着服しようとする上官を再三殴り倒した、復員船でやっぱり食料を着服しようとする船長を刺したりした、というエピソードを知るにつれ、ますますそう思っていた。

 でね、ぼくは、戦後民主主義と軍国主義がライブな状態で向かい合うとどうなるのか。ま、取っ組み合いだね。その実験場がまさに奥崎謙三の生き方ではないかと、これまたひそかに思っていたのですね。

 というわけでぼくはシブヤのユーロスペースにいち早く観に行ったのですよ。1988年頃だったかなあ。

 奥崎謙三は捻転と同時に「沸騰する人」だった。戦後民主主義というおだやかな言葉とはなかなか同居できない個性だった。

 あふれるエネルギー、カラダを射抜くような言葉、声。その次が想像つかない意表をつく演劇性。

 ぼくは、神軍、平等兵のたったひとりの闘いをただただ見とれていた。戦後民主主義と軍国主義が取っ組み合うのは大変にエネルギーがいることなんだ。並の人間にはできることじゃない、と。(ここで狂人とレッテル張りをすれば答えは簡単なんだけど、見ればわかるけど簡単じゃない真剣さ、ひたむきさだ)

 毎月、訪問する公安の刑事さえ、奥崎を刺激しないよう静かに「ご意見をお伺い」して帰る姿が隠し撮りされている。

 告発と罵倒と格闘。日常に逃げ帰りたいかつての戦友たち。はいずるように奥崎の前から逃げる元上官の腰を引き戻すようにグィと両手で掴む。戦後日本の平凡な部屋から、ズル、ズル、ズルとジャングルに引き摺り込む奥崎謙三。
 一枚の障子がジャングルとの境界になっている。元上官の手が伸びる。
(あー助かった、助かった)
と思う間もなく、上半身は障子の内、虚構のジャングルの奥に引き戻される。

(元上官の背中しか見えないのだが、それがこの映像の「映像としての見事さ」を作って行く。画角に隠れ見えない奥崎の姿は、もはや人間の姿をしていないのではと想像させられてしまう)
 奥崎は、奥崎アナコンダになっている。

 そしてこの映画は、奥崎謙三が告発する相手のそれも息子に発砲し逮捕されることで、主人公不在のまま終わる。(奥崎は収監されるので、撮影不能になる)

「捻転する人」奥崎謙三の個性にまどわされることなくこの映画の核心を追えば、戦後民主主義が立ち向かわねばならないものの壁の厚さ、ボコンとした一見、なにもしないように見える不愛想な壁の存在を教えてくれる。

 その壁は、反省しない「人の壁」なんだな。
 そして、その壁は時々押し戻しているようにも見える。
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