WBC決勝
こんなんでました。
WBC決勝戦はベネズエラが勝った。
ベネズエラの盛大な大喜びを見ると、大統領拉致が尾をしいている気がするのは当然で、(そりゃあねぇ)、ないとは言えないだろう。さすがのラテン系も、見たこともないほど集中していた。
○
さて、この試合のテーマだが、それはなんだったのか。
ぼくは、「剛と柔」の対決と見ていた。「剛と柔」が漢字ばかりで少し大時代と言うのならパワー&フレキシビリティという言い方でもいいよ。
アメリカのパワーとベネズエラのフレキシビリティ、さあどちらが勝つかという試合だった、と読み直してもらってオッケーです。
その中で、ぼくは、はじめからベネズエラが勝つと思っていた。
「剛と柔」が対決したら、同等の力なら柔の方がチャンスが多い。柔の姿勢は、終始、粘るわけだから、いつもチャンスを待っている状態になる。
さて剛はどうだろう。剛はエクスプロージョン、爆発を待っている。力の差があるときは、相手から崩れていくのだが、同等またはそれ以上の場合は、交わされることが多い。
「剛と柔」の対決というテーマ性はチエンジ・アップの球数で見るとわかりやすい。ベネズエラは3割に近い球数がチエンジ・アップ、アメリカは先発、リリーフ合わせ一割程度だろう。これはベネズエラの投手がすぐれているという意味ではない。
ただただスタイルの問題で、野球の質の問題だ。
たとえばアメリカの先発マクリーンの百マイル越えのストレートと特大スイーパーのコンビネーションは、(兎にも角にも)常識離れした素晴らしいものだった
○
結果から見れば、上の5行で試合は進行し、ぼくの想定シナリオの通りベネズエラは勝った。
勝因は、アメリカ・パワーの象徴、ホームラン3人組(ジャッジ、シュワーバー、ハーパー)を爆発させなかったことに尽きるだろう。
その意味では、ジャッジのホームランをフエンスからグラブで引き抜いたレフトのプレイが、全体を象徴していたのかもしれない。
「普段のジャッジなら、あんなフエンス、ギリギリなんかに打たないよ」
子供たちはそう言うのかもしれない。
そうだねボク、その通りだと思うよ。
ギリギリの打球は、ギリギリにさせられた打球とも言えるんだろうね。
8回ハーパーに一発、打たれたのだけど同点までだった。それさえ
「食らっても同点、お見通しさ」
とベネズエラの監督に言われそうな感触だった。
○
ぼくがこの試合の後、感じたのは、
「大谷をどう超えていくか、日本野球とどう戦うか」
を目標にアメリカ・ベネズエラ共にチーム作りをしていた、という感触だ。
ベネズエラは、細かくマウンドに足を運び注意を促しゲームを進めた。まったくの日本式だ。(日本はそれを忘れたから負けたとも言える)
打者ごとに投手を変え、リズムとゲーム運びの主導権を渡さないよう相手の気をズラしながら野球をしていた。
攻撃では、見逃し球をチーム全体で決めて、相手投手に一向にラクをさせなかった、それもいままでのラテン野球にはないことだった。
しつこく四球を狙い、進塁打を打ち、塁を進めた。つまり、ここも日本式だ。
日本よりフィジカルに強みを持つベネズエラが、日本式野球をするとどうなるか、これが今度のベネズエラ野球だった気がする。
「オーバー・日本」野球です。
○
では、アメリカはどうだったのか。
「オーバー・大谷」です。
大谷超えというのがアメリカ野球の今回の大テーマだったのだろうねぇ。「野球の神様」の子がアメリカ人でないのは
「気になってしょうがない」
のは当然なんだろうね。「ここぞ」という時、アメリカはいつもパワーにこだわる。それが(古臭い言い方だが)、アメリカの国是なんですよ。
パワー信仰です。(あの馬鹿げたトランプの発想もここにあります)
「パワーを下敷きにしないものは実態がない」
というのがアメリカ式の考え方で、困るといつでもここに帰ってきます。
そういう意味で、次の二つ
�.曄璽爛薀�3人組(ジャッジ、シュワーバー、ハーパー)を揃えたこと。
��投手では、常時百マイル越えのストレートと、大谷よりよく曲がる特大スイーパーを持つマクリーンがエースだったこと。
この二つが「オーバー・大谷」への並々ならぬアメリカの意思表示のように思えて仕方なかった。
実際は優勝するためにすべてがセットされているのだろうけど、「時代の意志」はカタチに現れてくる、ということなんだよ。
まさしく「オーバー・大谷」という構えになっている。
○
で、決勝は、「柔よく剛を制した」ベネズエラが勝った。
となると、次なんですよね。次のWBC、ロス五輪。
「オーバー・日本」
「オーバー・大谷」
をテーマにされると日本は大変だ。日本野球は引き続き延々あるにしても、(正直言って)大谷は奇跡の一部なんだからそれ以上のものと言われてもねぇ、困るよねぇ。
急ごしらえで作れるものじゃない。デコイ大谷は無理がある。
もう一回は大谷は主力選手だろう、その間にスーパー・フレキシビリティのある選手が出てくれるのを待つしかない。では、そのスーパー・フレキシビリティのある選手は誰か。
イチローと松坂、このタイプなら望めるのではないか。
いまのところ、これくらいしか言いようがない。
いえ、あの、その…はい、こんなんでました。
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