吉田のバットは、ボールを切った。
【WBC2026 第四戦チェコ戦】
ぼくは、知らぬ間に剣豪小説を書いていたらしい。本人もまったく知らなかったことだ。
一昨日、吉田正尚のスイングは「居合抜きだった」と書いたのだが、では刀で切ったボールはどうなるのか、という当然の疑問はすぐ生まれる。
「いい質問ですね」
はい、答えは、翌日、実にわかりやすく姿を見せた。
ボールは切られていた。シュッパと切られていた。
「ホントかよ」
「ホントです」
第四戦チェコ戦、四回裏、吉田の2度目のバッター・ボックス。チェコ、サトリアの減力投球に日本の打者たちは手こずっていた。投球の半分以上がチェンジアップで
「ボールがなかなか来ないや」
現象に悩まされていた。吉田も同じ。
2打席目アウトコース、シンカー気味に逃げるボールの腹を吉田はなぎった。ボールは、吉田の横なぎりをかすかに交わした。なんとか真っ芯を避けた、それでもバットの先に当たると三塁側ファウルグラウンドを滑り出した。
シュルルルー(実に大型のネズミ花火を想像するとよい)。
横なぎりされたボールは、急速に横回転をしながら動きまわり、お、おっ、フェアゾーンに入ってきた。
「おい、なんだい」
カメラが寄ると、ボールには耳がついていた。耳のついたボールが回転していた。
シュルルルーと回転音を出し回る耳がついたボール。
チェコの三塁手は、この不思議な事態に指を指し、なにかを言っている。
「おーい、どうしたんだい。このボールはウサギかい」(チェコ語なのでよくわからないが、ま、こんなことか)
それでも、ずーっと回っている。
耳は吉田のバットが切ったもので、驚いている間に打球は内野安打になった。
吉田のなぎるスイングは、ボールの皮を切り裂き、切られた皮はボールからヒラヒラと浮いて耳になっていた。
チェコ戦の総論です。試合前は口には出さないけど、ほとんどの人は
(これは、コールドゲームになるんじゃないか)
と思っていた。そうでしょう。
けれど、野球は意外性のカタマリで、予想などほとんど役に立たない。言葉は悪いが、裏切りのスポーツだ。はじめの部分にも書いたが、チェコ、サトリアの減力投球は見事にハマり、予想ハズレの0ー0の試合を作り出していた。
誰が0ー0を予想する。いやありはしない。ご存知、英語の反語構文です。
「減力したボール×力任せのバット」の対決は、意外なシーンをつくる。
「おっ、打った」
と思ったボールがことごとくフエンスの1メートル手前で減速する。うまく噛み合うと、打球はフエンスの手前で測ったようにオジギをする。
「こんにちは、ボールくん。また来たね」
どうしてなのかは難しいが、力のバランスなのだろう。
この減力バランスは絶妙な天秤によってできている。1と10が釣り合っているという不思議で微妙な宇宙だ。
ただし、ひとつコマがずれると、架空のバランスは壊され現実の世界が生まれる。現実とは、時として薄情でほとほとリアルなものだ。
さあ、その引出し役をするのが小物部隊。スラッガーではなく、ヒッターの出番。減力して小さくなったボールの芯を発止と当てるバッティング。これで1、2本のヒットさえ出れば、すぐに減力バランスは壊れる。
7回裏、周東、ライト前から盗塁で小物部隊が動きはじめるも、もうひとつのところで大振り、森下でチェンジ。
8回裏、いよいよ稼働。佐藤輝昭の四球から、若月の粘りに粘った後のライト線でまず1点。間を置いて、小園フォアボール。塁が詰まって先程の周東にまわる。いよいよ煮詰まってきたー。
はーい、3点ホームランです。
不思議なことに、小さくシュアーに当てにいくと大きく伸びるという現象が出る。これぞ野球の持つ意外性です。
あとは、流れ。すでにバランスは壊れたからね。グルグルと村上までまわり満塁ホームランになったのです。
話は前に戻ります。かつて「一刀斎は背番号6」という小説があった。剣豪小説の五味康祐という作家の書いた本で、伝説の剣豪、一刀斎が、プロ野球に身を投じ空前の大打者になる、という話しなのだ。(自身の超ヒット小説「一刀斎シリーズ」の番外編になる)
ことによると、吉田正尚は「一刀斎は背番号6」をなぞちゃったのか。
ちなみに吉田正尚の背番号は7、ひとつ上。近いものがあるぞ。
ホラ吹き五味康祐のまったくのダボラが高じて生まれた小説なのだが、60年後にホントになっちゃった。で、いいかな。
ホラから生まれたホント。ホラ、ホントだ。
この事態に五味康祐、大先生はさあなんて言うのだろう。
(当時の文壇の格付けでも、大先生で間違いありません)
実は、五味康祐は姓名判断の大家でもあり、姓名判断に関わるベストセラー本を何冊も出していた。(細木数子の、ずっとずーと上を行く大先輩です)
ヒゲをなでながら、モニャモニャした声で、
「うーん、吉田くーん、君ぃねぇ、吉田一刀斎と名前を変えなさい」
ほぼこれで決まりです。
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