【昭和の落語家たち 14 立川談志】
小猿七之助という世界。
1 小猿七之助という世界。
「一人船頭、一人芸者は、船宿のご法度で…」
あー、この語り出しが言いたくてやつは芸人をつづけ、こっちは聞きたくて泣いている。おーい、お前はどこに行ったんだ。声はすれどもいまや姿は無いんだなあ。
戻り船だ。
さあ、御法度の一人船頭、一人芸者になって、小猿七之助と滝野屋のお滝が船を出す。
「七つぁん、雨になる前に戻りたいね」
と声が出る。そこへ、ドボーンと大きな音。
永代の三番柱から飛び込んだ若い衆を助けた七之助、若い衆に手ひどく騙された「いかさまバクチ」の相手の名を尋ねた。
「深川相川町の…網打ちの…七蔵」
とここまで聞かされ、とたんにトンと若い衆の肩をつく。ザッブン、また川に流す。その水音に、
「七つぁん、どうしたの」
「ねぇさん、無かったことにしましょうや」
「これだけの流れだ、助かりっこ無い」
「そう、そうかねぇ」
いったん潜った永代を今度は七之助、海に向かって漕ぎ出す。
さあ、そこから、洲崎のあたりまでやってくると、
「ねぇさん、すまネェが覚悟してくんねぇ」
と匕首を抜く
(ここからがいいよ)
「わかったよ、七つぁん。
生まれりゃあ、死ぬんだ。
惚れた男に殺されりゃあ、お滝は本望だ」
「よしてくんない、ねぇさん。
鎌倉時代の悪党なら、その言葉に騙されて、つい匕首の切っ先がなまるかもしれないが。
この七之助、甘かぁねぇ。騙されないよ。腹ぁ立つだけだ。やめてくんない」
「ちょっと待ってくれおくれよ、七つぁん。未練じゃないよ。同じ殺すのなら疑わずに殺しておくれ。
騙されるの、騙されないの…惚れた男に殺されたはずのお滝はどこに行きゃあいいのさ。それじゃあ、行き場がないじゃあないか。七つぁんは惚れた女を殺したように、あたしゃ、
惚れた男に殺されたままで、さあ、死なしておくれ」
と、夜の川、水を張ったようなやり取りのその先で
絡みつく闇の中に二人は近づいて、
と、まあなるんですがね、
この先ですがね、(その通りなんですがね)くだらないからやめましょうや。
うーん、10年後もう一度、この話をかけましょう、と言ったところで
「10年後にここにいるお客様はほとんどはいないんでしょ」
「あたしもいないんだ。そんくらいはわかるよ、えー」
(デ、デ、デェーン)突然、もれるように小さく太鼓が鳴る。
「ほら、言ったこっちゃあねぇ」
○
2 4行でわかる「現代落語論」。
立川談志が立川談志に成ったのは´63年頃、それから数年たって一冊の本を出した。「現代落語論」というタイトルで、談志はその後もたくさんの本を出しているのだが、談志のオリジナルナの考えが書かれた本と言えばなんと言っても、この本でしょう。
で、まあ、これが大評判になって、
「落語家が本を書くの、へぇー、ホンと」
からはじまって、
「こういうの理論書っていうらしいよ、ところで理論ってなあに」
これ、林家三平が言いました。
といったお調子の中で、談志は(インチキくさいが)インテリ落語家になっちゃった。まあ、これが、上へ上へと舞い上がるはじまりとも言えるのだが、その骨になったのが
「落語は人間の業の肯定である」
という50年この方、言い続けたテーマ。
「お前さん、深いねぇ、大変に深い。感心するほど欲が深い」
「あー、俺が死んだら、この小判は。えーい、食べちゃおう」
「若旦那、花魁はあなたにベタボレ。きょうは若旦那、来ないの、来ないの、なんて大騒ぎ」
人って言うのは、欲が深かったり、へつらったり、色ぼけしたり、これ、止まらないもんだからそれなりに認めちゃってね、上手くやっていくでげしょ。
欲深、へつらい、色ぼけ、なんてのすっかり改善されちゃったら、世の中つまらないよ。人の業ってのは、トヨタの工場じゃありません。「改善」はできません、ってなことを言っているのですね。
(この上の4行ほどが、談志の分厚い本の核心です)
それまでの落語評論は間とか味ばかりをテーマにしていたので、ま、みんなびっくりしちゃったのですね。
で、この評判を「笑点」でネタにしたのが落語界の貴公子、キザの金遊。貴公子といっても顔は正反対の下駄面で、顔に下駄はいてる貴公子がいるかってんだ。それはともかく、このネタは、まあ、よくできているんだ。
暮でね「忠臣蔵」が題になっていたね。そこで、
「え〜、忠臣蔵とかけて」
「ど〜したの、なんだい」
「談志の本、現代落語論と解く、解いちゃうよう」、コホン。
金遊、例によってすかした声で(ここからして、どうにも気味が悪い)。
さすがの談志も少しテレてニコニコ、頭をかきながら
「え、おい。俺の本かい、やだねー。その答えは」
「男子の本懐(談志の本かい)」
談志は大テレでその日の「笑点」、そのままお開きとなりました。
あの時のふんわりした談志の顔はその後、一回も見たことがないねぇ。この謎解き、それだけ威力があったんだ。
えー、まあ、ぼくもあまりの出来のよさに、かれこれ50年以上もおぼえていたわけだから大したもんだ、と。
50年ぶりの下げが出たとこですが、えっ、まだ話あるのですか。
◯
で、まあ、落語は人間の業の肯定とその後も50年にわたって言い続けていたのだけど、間際(まぎわ)……間際って言ったって死ぬ間際だよ、人間いちばん忙しい最中だなあ、野郎「江戸の風」と言い直した。
あと続けたかったんだろうが、本人ノド切つちゃって、すっかり声が出ない。
それじゃあ実のところ本人も言い足りないだろうと、書きついでやったのが「続・ぼくの落語論5 おめぇなぁ、自由って知ってるか。」(2023年3月19日掲載)
なんでぇ、ございますだ。こっちは2行でまとめたわ(詳しくは本文、読んでね)。
「江戸の風ねぇ……その風の中味が、自由というものでありんす。そいつは粋というものの親でもありんす。親がいなけりゃ子はできぬ、とも申します」
で、談志をちょいと(実は大きく)進化させて、とうとう江戸文化論まで引きつないだ。おうっ、談志、家元、ガキの頃からのこころは仲間内の、あの、あの兄(あに)さん。
「まさか文句はないだろう、ないよね、いいよね」
それでは〜 お別れしましょ(双葉あき子でございます)と歌っていると、
ゴーン〜〜、ちょうどいいところに鐘の音だなあ。
七つの鐘を六つ聴いて、残るひとつを今生の、こっちも残り少しか無いけどねぇ。
○リンク:続・ぼくの落語論5「おめぇなぁ、自由って知ってるか」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984643827&owner_id=5708627
○「小猿七之助」は、神田伯龍による同名の講談から談志が引き写した噺。「一人船頭、一人芸者は、ご法度で…」という絶妙の言い回しを聞いて惚れ込んだとされています。
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