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2025年10月28日00:36

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桐谷さんの田園、生きて行くんだー、生きて行くんだー。

「桐谷さーん、どちらへ、お出かけですかー」��
 桐谷さんの田園、生きて行くんだー、生きて行くんだー。



「でも、本当に優待で生活してたんです。あれからずっと現金使わないで、12年優待で暮らしてるんです」
 ごくごくフツーに、「力み」なんてまるでなく自分の生活の話をした。

「そんなことありえないだろう」
 桐谷さんがテレビに出はじめた頃、ほとんどの評論家は桐谷さんの優待生活を否定した。そう思ったんだね。

 一応、きわめて大雑把な数字で説明。株主優待が1%とすると、年400万円の収入を得るには4億円が必要になります。
「それは、無理だろう」
というのが大方の意見になります。(配当を組み込めば資金は半分ですむのですが)でも足りないとしたら、その時は桐谷さんの広島の父親の家訓が生きてきます。それが「優待道」をつなぎます。それは次回。

 あれからと言うのは「リーマンショック」のことで、「リーマンショック」は2008年ですから+12年、桐谷さんの2020年の言葉。そしていまも続いています。
 生きて行くんだー、はーい、聴こえてますよー。
 チリン、チリリーン。元気に生きています。

「あの時、家賃がちゃんと払えるかどうかもう心配で、横になっても眠れませんでした」
 だから、あの頃、立って寝ていました。ぼくの嘘です。
「なにもない生活の中で、あのー、食べるのも困っていました」
「そしたら売るに売れないでいた端株から、ポツポツと優待券が届いたのです」
 ほら、ほーら、リアリティが出てきたでしょう。
 お米にレトルト食品、調味料、菓子…優待品も続いてやってきました。これが助かる、これで助かる。端株とはいえ現物株のありがたさ。実があります。体も壊し、糖尿で
「生きているのが不思議ですねぇ」
とまで医師に言われていた桐谷さん、絶不調の頃です。えー、社会の底辺です。

 話を戻します。
 稽古に通っていた証券会社の団体の将棋クラブ、そちらの社員の方が自宅にやってきた。
「今度、お近くの店の支店長になったご挨拶で」
をきっかけに株をはじめる。はじまりは1984年頃です。

 なんでもうまく行く時期でした。バブルですからね。で、いよいよ信用買いをはじめ資産はウン億円に達します。そしたら、ドカーン「バブル崩壊」。あえなく桐谷さんも、道ずれ崩壊です。
「あ、いけない、わたしが悪かった」
「お調子に乗って、人に自慢したりして、馬鹿者です」
とこの時は、まだまだ自分を諫める余裕があった。
しかし、いい言葉。美しい小心。桐谷さんの顔が、目の前に浮かんでくる。

 で、戦略を建て直した。相手の繰り出す手の先を読むことが仕事のプロ棋士。(強いていえば)普通人の思考の上の上を言っている(ハズなんだなあ)。
 負け戦の後の再起戦だから、丁寧に駒を進める。またもや当たりはじめる。なにしろ日経平均は13,000円まで下がり切り、次々と持ち直し上がりはじめる時期。打つ手がみな当たり、手を広げる。(それでも、よしなさい、と影の声は聴こえてはいたらしい)
 儲けているのは
「今度は、誰にも言っていない、絶対に秘密にしているし大丈夫」
と思ったあたりから雑誌の取材が来はじめた。これも要らぬ自慢のひとつだったのかなあ、そのうちドカーン「リーマンショック」です。

「テレビを見たら、血の気が引きました」
「パソコンでネット証券の取引画面を開くと、いきなりの赤一色」
(赤は、警告画面です)
 プッツン、血管が切れたわけじゃない。でも、
「あー、わたしは終わった」
と思ったら、ほんとに怖いのはここから、
「毎日、二百万、三百万の追い証がやってくるのです」
 桐谷さんは棋士だけあってものすごく計算が速い。だから、先の先がすぐに見えてくる。今日より明日がなお怖いことがすぐわかる。売った、みんな売った、カランと音のするほど売り切って整理した。
「棋士は引退しているので月給ゼロです。このままいけば、自宅の家賃13万円を払うお金はなくなるし、食べ物もない。夜も眠れず、体調も悪くて、ひもじくて、本当に死ぬかと思いました」

 と(苦しみの真っ盛り)、これがはじめのところです。
 優待券はママチャリに乗って、使えるとこまでどこまでも行くし、優待品のレトルト食品などは主食です。使わない優待券は(だんだん価格情報もわかるようになって)いちばん得な「金券ショップ」へ、すぐにGoーです。そうして12年。
 ようやく優待生活が順調になった頃の、ある日の日程。
 まずカツ丼(参考720円)を食べる。で、映画を見ます(時間の都合です)。その後、スポークラブで平泳ぎ(ぼくの好み、桐谷さんは平泳ぎでなければいけません)。サウナに回って、優待券できつね蕎麦を食べ帰宅です。この日、現金は自転車の駐輪代、百円しか使っていませんでした。
「生きているのが不思議ですねぇ」
とまで医師に言われていた桐谷さんの健康も、ママチャリのせいでしょうか、(優待の健康診断で)反復とびをやったところ「これは20代です」という健全な数字が出ました。

 これ、お金の話なんですが、そうは思えないでしょう。ここが大事。(幾分かの生臭さはあっても)大筋なんともいえぬ地道なトーンが全体に流れます。気持ちいいじゃないですか、これが桐谷さんならではの味わい。
 残念ながら、現代では、人はみんなどこか自慢タラタラです。桐谷さんには、それがない。
 テレビに出てくる人は、(言葉は悪いが一皮むけば)所詮「オレがオレが」の人たち。それが、どれも同じような番組になる大きな理由。ヤラセ的な人が集まって、ヤラセ番組作りをしているのです。こうした人たちが揃わないと、もはや番組作りができなくなっているのです。これが、ぼくが言う「ヤラセの様式化」を呼び込んでいます。

 これじゃあ、大した番組は生まれないよね。

 桐谷さんは、事実報道です。事実無根じゃありません。(次いでに、事実男根は、前回のあの人です。余分な話しです)
 テレビが忘れた郷愁のような日本人、桐谷さんはヤラセ文化にチリリーンと警告するのです。その様子を見て。みんなウズいています。「そーだよな」と忘れかけの日本人の声が出そうになるのです。桐谷番組のおかしみは、そう言うところなんですよ。
 郷愁と現代の、ありえない錯綜です。

「現金がまったくない私は、優待で送られてきたコメやレトルト食品を食べ、優待券で買った服を着てなんとか生き延びることができたのです」
 なんという正直な魂か。ぼくが桐谷さんが信号待ちで並んでいた、その上についている「将監橋」という表示プレートを見て、
「あーっ、ここまで来ている」
と感動した本当の理由は、きっとこの素直な魂に触れたのだと思う。
 魂のエレキに打たれたのです。だってさあ、笑ったのじゃなくて、感動していた。

 芝大門の横道、起き上がり小法師のような姿勢で、肘高くハンドルをつかんだママチャリは行く。チリリーン。
 生きて行くんだー、生きて行くんだー。
 桐谷さんのゆるいペダリングに合わせ、「田園」を歌ってみるとピッタリあった(気が、ぼくにはした)。
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