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2025年10月23日16:14

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「桐谷さーん、どちらへ、お出かけですかー」

「どちらへ、お出かけですかー」

 株主優待券で生活する桐谷さん。ママチャリに乗り、優待券を使える場所なら東京をどこまでも走る、走る。
 地味なズボン、夏場なら(時々、V襟の)Tシャツ、くすんだ金属の眼鏡をかけた薄毛の桐谷さんは年齢相応のやや不安定なハンドル捌きで快走する。肘の位置が高いなあ、高齢者特有のフォームだが、なかなか速い。チリン、チリリーン。
 
 どこへ、それは手持ちの株主優待券次第で変わる。優待券が使える場所まで走るのだ。
 牛丼を食べ、映画をみる、帰りに買い物をする。すべて優待券。生活費は、その日の映像を見る限りほとんどゼロ。世の中をまるであざ笑うように、自転車は走ってゆく。
 その場所が見たことのある場所だとなぜかホロっとくる。初老のオジサンの自転車人生に共感が湧くんだろうねぇ。芝の「将監橋」という信号プレートを見た時は思わず声が出た。
「知ってるよ、知ってる、あー、あんなとこまで走ってるんだ」

             ○

 テレビというのはヤラセで、できている。
「面白くなけりゃあテレビじゃない」とは言うものの、面白くなけりゃあ「数字にならない」のでなんでもやっちゃうのがテレビマンです。
 数字のためなら母親さえ手にかけそうなヤツラ。言ってみりゃあ、現代のマクベスだ。

 嘘かどうかなんて、毛ほど省みることはないのでしょう。数字が取れそうな仕上げが「できた」かどうかがすべてで、その辺りになんの罪の意識はありゃしない。
 その根拠は、ニュース報道番組なら嘘は許されないが、バラエティなら嘘も演出のうちという取り決め。「それで通るのだ」というテレビ業界が(その昔、官と結託して)しつらえた勝手な理屈でやらかしている。
 ヒデェー、インチキな理屈だよこれ。
 けれど、これで逃げるしかないし、ここでずっと続けて来た。
 この理屈で、作られて来たヤラセ番組の数々。しかもだよ、ヤラセのやり方はいまや定番化、ヤラセのマンネリ現象さえ生み出している。ヤラセの様式化です。
 食い物番組で「うまい」の出し方が、どの局でもきっかり一緒なのはわかるでしょう。あれなどは典型。

             ○

 桐谷さんに信号待ちで横に並ばれても、ぼくは、ゼーン、ゼーン気が付かないだろう。
 薄毛の自転車のオジサンはどこにもいるし、ましてや「目立たない」服装なんだ。
「あ、オジサンは買い物で、もしかしたらお一人様かな」
くらいがいいところでしょう。

 桐谷さんは(奇想天外な)株主優待券で生活するオジサンで、だからこそ株主優待生活という地味で密かな人生を送る人ということだった。だが、だが、なお続く。
 実は職業は(これも稀有な)将棋棋士で、(さらに稀有な)ゴミ屋敷に住んでいるという実態がゆるゆると明るみに出てくる。その度ごとに、ゆるゆると
「この人、意外性のおじさんだ」
というおかしみがテレビ画面に現出してくる。
 小津安二郎ではないが、まったくの「フツーなんて存在しない」という持論に
「はい、わたくし、そうです」
とまっすぐ答えることができる(桐谷さんは)、ゆるゆると輝く(見るからに地味な)トリックスターだった。

             ○


「月曜から夜更かし」という日テレの番組。桐谷さんは、この番組に出演するキャラクターだ。元はと言えば、カンニング竹山の投資番組に番組に出たことがきっかけ、
「こんな面白い人、見たことない」
の竹山の一言でおかしな桐谷ドラマは、はじまった。
「うちの事務所に入ってください」
という竹山からのスカウトも
「お断りしました」
という。だが日テレ番組に出るや、やはりゆるゆると数字は伸び続け、しっかりしたレギュラーになっていた。

 桐谷広人、1949生まれ、日本将棋連盟所属で升田幸三門下、2007年に引退するまで現役棋士を続けていた。
「桐谷のマッサージ戦術」とおよそこれぽっちも恐そうじゃない戦術を駆使していた、とされている。

             ○

 えーと、ようやく本題。桐谷さんにはなんのヤラセもない。ぜんぶ素(す)。
 素(す)ほど、素晴らしいものはない。けれどそれができないからテレビマンは(インチキを続けて来た。
 それでねぇ、テレビマンたちの安上がりで小賢しいヤラセの手口がテレビをどれだけミスボらしくさせて来たことか。軽はずみでインチキな人間像を、増産してテレビはここまで来た。

 桐谷さんには、ヤラセではアリエない、アリアリとしたいまがある。
 生き生きとしたと書きたいのだが、なにしろオジサンだ。低速でくっきりと指紋を残して生きていくような日々がある。自転車の走りだって、少しヘレモコしている。
 生きているってそうかっこいいものじゃなくって、と納得させる(かっこ悪い)オジサンの姿。まさしくです。
(ぼくの年齢もあるが)福山雅治より、桐谷広人さんに人生のリアリティを感じるね。本当に。
「馬鹿なこと言わないで、マチャをこんな話に引き込まないで」
という女性の声がしそうだ。
 仮に、そう言われたらすかさず言うね
「日本の女もレベルが下がっちゃって」
本気で、そう思っているよ。

             ○

 桐谷さんには三人の妹がいる。年齢のせいなのかなあ。
「久々に現金を使いたくなっちゃった」
という口実を作り、三人の妹と揃って温泉旅行に行く。それがいちばん最近の映像。

 温泉で夕食の時間になる。番組ディレクターが会食中の三人の妹さんに次々と質問をする。
「桐谷さんの将棋を見ることはあるんですか」
「テレビ、NHKで見るくらいですかね」
 流石に(理詰の)将棋指しの家なのだろう、愛想なんてまるでない。見るからに気持ちいい。日テレは「再放送ギャラをくれない」などのバレネタも飛び出す。番組ディレクター、まったく返答できない。
「……………」

 さて最後になるとハイライト、長女(一番上の妹)が桐谷さんに今回の旅行のお礼と思い出のお手紙を読むことになる。お約束の感動の場面になるはずの読み上げ。
 ところがねぇ、桐谷さん一家は一味違う。
「兄さんがいてここまで来ました…」
とここまで読んでいるのに、桐谷さんは鯛茶漬けを食べていて、一向に興味を示さない。
「あ、そう」と聞き流す。おい、おい、いいのかなあ。
 長女の、せっかくの手紙も(都合で)最後まできちんと続かず尻すぼみで終わる。桐谷さんは、やっぱり知らぬ顔で鯛茶漬けを食べ続けている。
「桐谷さん、いかがなんですか妹さんのお手紙」
「えー、まぁ、涙なしには聞けない話ですよねぇ」
と言いながらもせわしなく箸は動き、鯛茶はちゃんと進んでいて、ちっとも泣いちゃあいない。

             ○

 そーさ、ちっとも泣いちゃあいない。何も起きていない、ように見える。
 ヤラセの文法は桐谷さんに見事に破壊され、無視されて進行する。いいぞ、いいぞ。この意外性でホクホクうれしくなる。
「いやあ、まあ、そうなんですね」
などと当人は曖昧なことを言っている。

 でも、まあ、ぼくは桐谷さんは泣いているんだ、と思う。そいつは鯛茶の味なんてわからないくらいなんだ、と思う。素知らぬドラマなんだ。

 ここで、これは小津映画じゃないか、とぼくは気がつく。日本人は実際こうなんだよ、と桐谷さんの表情を思い出す。つまりね、
「日本人は顔で笑って、こころで泣いててるんだぜぇ」
とやたら古臭いことを言ってみる。当たらずとはいえ、遠からず。そーさ、ヤラセのない日本人像とは、こういうもの。
 いたく素っ気ないものだ。
 だからさ、日本人は、カメラに向かってピースサインなどしないのだ。あれは誰が決めた。日頃からの(余分な)不満が噴出する。

             ○

 日本のテレビは、浅間山荘で変わったとされている。テレビは、事実を伝えるもので
「事実に変わるものはどこにもない」
と言う答えが出た。その証拠が視聴率で、(全局合わせると)浅間山荘の数字は90%を超えていた。

 事実を追うのだが、(取り上げるべき)事実はそう多くはない、と見た。「さあ、どうしよう」、その果てに生まれたのがヤラセだった。
 事実の顔をした虚構を作り出す。急ごしらえの虚構のやつは、
「わたし、本当です」
と抜け抜けホントの顔のような顔をしてテレビに出てくる。その虚構の塊がテレビ局で、つまりだいぶ端折っているが「フジテレビ」文化です。
 インチキし放題の根拠とは、このヤラセの構造で、ここが変わらなければ日本社会の「フジテレビ」構造は変わらないのだろう。やにはに熱くなる。
 日本は、インチキをしている「フジテレビのようなもの」とそれ以外でできている。それが答え。

             ○

 桐谷さんは、今日も東京のどっかでママチャリを走らせているだろう。
 いつか歳をとり、桐谷さんは自転車を止める日が来るかもしれない。そしたら桐谷さんは、なにごともなかったように自転車に鍵をかけ歩くのだろう。

 事実は、そうしてなにごともなく進んでいく。

「それじゃあテレビは成り立たない」
とテレビマンは言うのだろう。
「バカが、バカ言うな」
 桐谷さんはいつだって十分面白いし、あんたらの物差しなどヒョイと越えている。世の中は、あんたらの軽はずみな物差しが変な形にはめているだけで、「面白い事実は世の中にゴロンゴロンと転がっている」。
 人を見る目、その確かさがあればネタに困るなんて、ないと言って良いだろう。出会った時、見過ごさないか。それだけのことだ。見失わないように、声をかけることだ。
 もう一度、言うよ。
「どちらへ、お出かけですかー」 
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