「おい、石」(森の石松のことです)
「ヘィ、親分」
「馬鹿は死んでも治らないのか、どっちなんだ」
「馬鹿は死ななきゃ〜治らない、と浪花節にもあるんで、わたしの出てくるアレで」
「フーン、するってぇと、死ねば治るのか」
「…そこんとこ確かめようと、いまわの際に言付けするんですがみんな行ったきりで」
「先方じゃあ、忙しいのかなあ」
○
「お米は買ったことがない」
「家には、売るほどある」
江藤タコ、拓だったかなあ、これほど馬鹿だと(思っていた)。
『米騒動が自民をボカチンさせる(かもしれない)』という稀代の名文の主人公、江藤拓氏は文章が掲載された4月24日からほぼひと月で首回りが急激に怪しくなりました。辞任か首か、ですね。
これもいやはや予言的中と言うべきか。はい、的中でしょう。
○
けだし『米騒動が自民をボカチンさせる』はよくできた文章で、自民党の煙幕
「お米が安すぎて農家を疲弊させている」
「お米の収量の減少は短期で解決できない」
という論点をあっさり吸収しながら、歴史的な背景をベースに
「だからねぇ、あんたらのゴマカシには騙されないよ」
「なにか言うのなら一度、お米の値段を下げてから言いな」
と突き放します。
○
気持ちいいほどケムに巻かれません。それどころか、
「米騒動とはなにか」
「天野貞祐、国家100年の大系です」
まで言及しています。
それに引き換え、江藤タコは、暗記した自民党の意見をまるで自分の意見のようにぬけぬけしゃべり、
「価格を下げろ、とは法律に書いてありません。法律通りやりましょう。米の不足を補うのです」
とまであけすけにやっていた。
そしたら、ほら、現在の首切られ寸前のお立場だ。(お台場なら、きみの首回りをユリカモメがスイスイ走る)。
○
お米が売るほどあるのが、なにか世のため、人のためになるのかね。不思議なオツムの構造としか思えない。理解不能だよね。お米を買ったことがないのが、なにか良いことなのかね。小学校で同級生への怪しげでイヤミな自慢にでもなるのかなあ。そーかあ小学校程度とか、類推が浮かぶなあ。
と、まあ、あげればキリがない。けれど事態の全貌は『米騒動が…』(4月24日付)がよくできているのでぜひ読み返して欲しい。お米の持つ根本的な経済上の問題点から見下ろして、現状を説いています。
(平成の米騒動と引き比べることで江藤タコ氏の浅薄さの起点も解明されています)
そこに書かれていることを知ろうとすれば、アチコチ講義を掛け持ちせざるを得ないと思います。
(お米は、農本主義から封建制に移行する際の日本の文化の特殊性に関わっています。日本の経済史学の大テーマで、折にふれ「龍馬伝」や「べらぼう」を通じ語っていきます)
○
「二世議員」は「偽議員」。
というのはどうかねぇ、差別になるので江藤タコ氏で大騒ぎのいまの時期くらいしか言えないので、言っておきます。農政の問題点を
「どうだ、分からんのか」
と高飛車に高説する様子は「浅薄さ」としか映らないし、うんざりするだけ。話すたびに票が減る。それも、まあ、良いか。
江藤氏をきれいに整理しないと、石破政権も危うい状態に入ります。本人、そこんとこ分かっているのか。自覚はないんだろうなあ、なにせ「二世議員」は「偽議員」だから。あ、これ、決まるね。
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