「オイラのコジキ節」論をここまで3回書いてきました。
ここまでの論を整理します。(内容を抜き出し記せば下の通り)
�.灰献�節、実は幼稚な論法。
��地声で歌うと、とどく日本の歌。
�2擦陵匹譴�、こころを揺らす。
さて�い任后�ぼくはこの�い如↓ 銑�の糸を集大成したものを紹介します。そして、それを聞き比べしてもらいます。
「いろいろいったところで、カタチとして成立していないと架空の話になってしまうよ」
その通りですね。歌として聴く、聴いてもらえることではじめて着地するわけです。着地しない論は空論と言って、昔から嘲(あざけり)の対象でしかないわけです。
その教材は、小学校で教わる歌です。小学校で習うのですから、ベースはしっかりしていて、あちこちはみ出したりしていないということで良いのかな思います。
曲名は、「遠い世界に」です。
西岡たかしの作詞作曲で、彼がリーダーの四人のユニット「五つの赤い風船」の曲です。この曲を歌うボーカルで二つのタイプがあります。
藤原秀子さんと青木まりこさんの二つのバージョンです。小学校で教わったという人は、青木まりさんのこの曲を聴いておぼえた人の方が多いのかと思います。けれどオリジナルは藤原秀子こと「フーコさん」の方です。曲は、もちろん同じなのですが、青木まりこさんのバージョンの方が、かすかに遅くゆったりしているとされています。
�‘8興┿劵弌璽献腑鵝 �
https://www.youtube.com/watch?v=j9q9WUUFy48
https://www.youtube.com/watch?v=xOdnXo_tl3g
�∪通擇泙蠅灰弌璽献腑鵝 �
https://www.youtube.com/watch?v=QLnWStw-dKI
あまり話を急ぐと誤解が多くなるので、ゆっくり話を進めます。どちらもフォークの世界では有名なバージョンです。
「フーコさん」の良い音源がなくて困っていました。
�‐紊篭ξ�講堂バージョンは手持ち録音のようです。
�_爾魯侫�ークのメインだったURC盤(らしい)と思われます。
�△里曚Δ和臺�アトなので録音状態は格段にレベルが違います。そこだけは控えて聴いてください。青木まりこさんは、奇跡のボーカル「フーコさん」がユニットを抜けた後に参加しています。そのため曲のイメージもあり「フーコさん」に歌い方を寄せているところがあります。そこのところもご理解ください。
どちらが好きかという議論をしているではないのです。歌の魅力とはなにかを探ろうという話です。
素直さで言えば、それは�∪通撻弌璽献腑鵑粘岼磴い覆い任靴腓Α△韻譴匹呂犬瓩督阿い浸�、聴いた人の人生を動かす力は、�‘8競弌璽献腑鵑世隼廚い泙后�
その数値は、シリーズ�△能颪い申�川雅史と高倉健の数値に等しい1:9になると思います。それは、「フーコさん」の歌には� 銑�で書いてきた、ほぼすべての要素が入っているからです。
歌声は超然としていてどこにもコビていません。ほぼすべてが地声で歌われ、こころにとどきやすい日本語になっています。「フーコさん」のもつ音の揺れが聞き手の感情をほどよく揺さぶります。当時のことを思い出せば会場の(共立講堂)の床に壁につたわるような響き、揺れでした。そして「フーコさん」は鼻母音の要素を持っていて、フレーズを滑らかにし響きに音楽的連続性を与えています。
と、ここまで書くとぼくが�∪通撻弌璽献腑鵑鬚�としめていると思われる方もいると思いますが、いえいえ、青木さんの特にこのバージョン(九段会館)は素晴らしいと思います。実際に有名です。素直で伸びやかで、「学校で習う歌」という言い方で言えば、こちらの方が正しいのでしょう。(改めて、聴けば青木さんが「フーコさん」に寄せていることもあって2:8くらいの比率になっているのかもしれません)
それくらい良い出来です。
それ以上に、ぼくが話したいのは、人間という不思議さです。
「フーコさん」が第一声を放つと、会場が「フーコさん」の響きに包まれてその世界の一部になってしまうところです。それは音楽なのか、人間なのか、と言えば混沌です。そして、そのことを楽譜にできるかと言えばそれも無理でしょう。
答えは出てきました。楽譜に人間性を書き込むことはできないのです。
さてさて、ここで判定に辰野隆を呼び出したらどうなるでしょう。
「辰野先生、先生はどちらをよしとされますか」
「…うーむ、これはねぇ、どちらもコジキ節を超えている。どちらの音楽性をよしとするかなんだろう」
「わたしだよね、わたし…はねぇ」
「先生、そちらは…」
そのまま研究室に戻ってしまった。
(ぼくの予測、�△慮渋絽貍�法になじみがないので、�,鯀�ぶのかな)
もう50年以上前、オールナイトニッポンから「遠い世界に」が流れてきた。当時の音質の低いラジオの中でも「フーコさん」は明らかに世界を生み出していた。ざっくばらんに言えば
「一度聴いたら忘れない」
世界だった。
音楽が変わりはじめている、その前触れの音楽のひとつだった。
コジキ節と言われた人は、クラッシック偏重の人たちに近寄ることなく新しい音楽を作りはじめていた。逆な言い方になるが、「クラッシックにコビることはしなかった」。
きっとそれが、後世への自慢になるのだろう。
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